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最高の料理


 

 川工事にたずさわる役人達の豪奢をきわめる生活ぶりは有名であるが、ことに道光年間(1821〜1850)、南河河道総督(なんかかどうそうとく、南河は山東省から江蘇省一帯の地域。河道総督は河川工事監督の長官)が清江浦(せいこうほ、注:現江蘇省)に駐扎(ちゅうさつ)した時の盛んさは今でも語り草になるほどであったという。
 毎年、経費として五、六百万両もの銀が支出されていたが、実際、工費として使われるのはその十分の一にも満たない。残りは役人のむだ遣いや、役所間のあいさつ回り、視察に来る役人への接待などに費やされる。
 工事にたずさわる役人達の飲食、衣服、車馬には考えられる限りの贅が尽くされる。宴席の料理を例にあげてみてみれば、豆腐料理と銘打ったものだけで二十種余り、豚肉料理にいたっては五十種余りも供される。豆腐といっても出来合いのものではない。数ヶ月も前から最高の材料を集め、選りすぐりの職人を招いて特別に作らせたもので、一丁が数百金もするものである。
 役人達の贅を尽くした料理の数々を紹介する。


一.豚脯(豚の乾し肉)


 宴席に豚の乾し肉が上った。何の変哲もない料理であったが、そのあまりのうまさに客人達は賞賛を惜しまなかった。
 たまたま客人の一人が厠に立ち、数十頭もの豚が枕を並べて死んでいるところに出くわした。たずねてみると、これらの豚は乾し肉料理に使われたものだという。乾し肉はたった一皿なのに、と仰天していると、これには特別な製法があるとのこと。
 豚を暗い一室に閉じ込め、竹竿で四六時中、休む間もなく追いまわす。豚は悲鳴を上げて走り回り、やがて力尽きて死んでしまう。そうしたら、豚の背中のてっぺんの肉を一切れ切り取る。
 豚が走り回るうちにその旨みがすべて背中に集まるそうで、ほかの部分は旨みが失われて臭いだけなので、惜しげなく捨ててしまうのだそうである。


二.鵝掌(鵝鳥の水かき)


 鵝鳥(がちょう)を鉄の籠に入れ、下から炭火であぶる。鵝鳥は熱さのあまり、籠の中を走り回るが、やがて死ぬ。
 豚と同じで、走り回るうちにすべての旨みが足元に集中しているので、水かきを切り取り、他の部分は捨てる。宴会のたびに数千羽もの鵝鳥が命を落とすという。


三.駝峰(駱駝の瘤)


 駱駝は壮健なものを用いる。駱駝を立たせたまま柱に縛り付け、熱湯をその背に浴びせかけるとたちどころに死ぬ。旨みの凝縮した瘤(こぶ)を切り取る。他の部分は使いものにならないので捨てる。
 一度の宴席で少なくとも三、四頭の駱駝が必要である。


四.猴脳(猿の脳みそ)


 健康で賢そうな猿を選び、刺繍をほどこした衣を着せる。四角い卓の中央に丸い穴をあけ、猿を頭が卓上に出るよう坐らせる。頭が動かないようしっかり固定し、かみそりで頭の毛を剃って皮を剥ぐ。猿は痛みのあまり泣き叫ぶ。そこへ熱湯を注ぎかけ、鉄の小槌(こづち)で頭骨を砕く。
 客はそれぞれ銀のさじで猿の脳をすくって味わうのだが、一人あたり一、二さじ分しかない。


五.魚羹(鯉の血の羹)


 鯉は大きくて生きたものを用意する。頭を下にして梁から吊るし、下に湯をはった大鍋を据える。鯉の頭をうち砕いて傷をつけ、血が糸のように鍋に細く流れるようにする。頭を砕かれても鯉は生きており、熱い蒸気をさけてしきりに体をもぞもぞと動かす。そうすると、血はどんどん頭の方に下がり、流れ続ける。鯉が死ぬ頃にはすべての血が出きり、湯の中には血が固まって紅い長い麺のようなものができている。一匹が死ねば、次の一匹も同じようにする。
 こうして十数匹もの鯉の血を集めて羹(あつもの)を作るのだが、鯉の身そのものは捨ててしまう。

(清『庸庵筆記』)