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山中の炎


 

 の永嘉五年(311)、張栄が高平(現湖南省)守備の指揮をしていた時のことである。当時、曹嶷(そうぎ)が反乱を起こして各地を襲撃したため、人々は砦(とりで)を築いて自衛した。
 ある夜、山中で突然、火の手が上がったかと思うと、火の粉と土埃がもうもうと十丈(当時の一丈は約2.4メートル)あまりもの高さまで舞い上がった。樹木は燃えさかる炎の中に倒れ、山は轟音(ごうおん)に包まれた。続いて人馬の行き交う音や、甲冑(かっちゅう)のぶつかり合う音が聞こえてきた。人々は曹嶷の襲来かと恐れおののき防備についた。張栄も全軍を率いて出撃した。
 ところが、山の麓に着いてみれば、軍勢はおろか人の姿すら見えない。容赦なく降り注ぐ火の粉が張栄らの鎧や馬のたてがみを焦がすだけであった。
 不思議に思いながら、帰還したのである。

 翌日、再び山の様子を見に行くと、燃えたあとなどどこにも見られない。ただ、髑髏が百個転がっているだけであった。

(六朝『捜神後記』)