赤岡店の怪


 

 丘県(ほうきゅうけん、現河南省)の南の赤岡店(せきこうてん)では、夜になるともののけが出没した。もののけは通りかかる人に向かって、
「婆を連れてけ〜」
 と呼びかけるのであった。人々は恐れ、夜になると誰も往来しようとしなかった。 
 付近の宿場に張徳という飛脚がいた。ある晩、急ぎの文書を受け取り、次の宿場まで送らなければならなくなった。遅れることは許されない。 やむを得ず、夜を冒して出発した。
 くだんの場所を通りかかると、草むらから老婆が現れ、張徳に呼びかけた。
「婆を連れてけ〜」
 張徳は豪胆な人だったので、声を荒げて叱咤した。
「よし、連れて行ってほしければ、オレの背中におぶされ」
 すると、老婆はいそいそと張徳の背におぶさった。張徳は縄で老婆の足をしっかりと自分の体に縛りつけて走り出した。
 数里ほど行くと、老婆は言った。
「下ろしておくれ〜」
 張徳は聞こえないふりをしてズンズン進んでいく。老婆は哀願した。
「お願いだよ、下ろしておくれよう」
 しかし、張徳は答えない。次第に老婆の哀願する声が小さくなり、その体は軽くなっていった。
 宿場に着く頃には、ひっそりとして何の声も聞こえない。振り返ってみると老婆の姿はなく、朽ちた古い棺の蓋を背負っていた。
 これを火にくべたところ、シュウシュウと音がして数里の先まで臭気がただよった。

 以来、もののけは現れなくなった。

(宋『牧竪閑談』)