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葉 仙 師


 

 静能(しょうせいのう)は別名、葉仙師とも呼ばれている。
 開元年間(713〜741)、仙師は明州(現浙江省)奉化県にある興唐観という道観で教えを伝授していた。仙師がじきじきに講話をする日には、決 まって白衣をまとって長い髯を垂らした老人が誰よりも早くやって来て最前列に陣取り、終わると一番後に帰っていくのであった。老人は何か言いたいことがありながら、それが口に出せないように見受けられた。
 その日も仙師が講話を終えると、くだんの老人は最後まで居残り、なかなか帰ろうとしなかった。仙師の弟子に促されて、しぶしぶながら退出しようとした。
「ご老人、待たれよ。様子から察するに何かご用でもおありのようだが」
 仙師が呼び止めると、老人はとめどなく涙を流しながら深々と頭を下げた。
「お助けいただきたいことがありながら、自分では切り出すことができませんでした。実は私、人間ではございません、宝物を守護する龍にございま す。この道観の南の海中で千年の間、過ちなく職務をまっとうすれば、ささやかながら昇進することができます。もしも過失を犯せば、炎沙に焼かれる罰を受けねばなりません。九百年あまりの間、過失もなく職を奉じてまいりましたが、あるバラモン僧が三十年もの間、祈祷を行い、この午の日の午の刻(正午)にも大願が成就しようとしております。そうなれば海水は干上がり、宝物が現れてしまいます。私は罰を受けねばなりません。私は栄達を望んでおりませんが、千年もの間、炎沙に焼かれ続けるのは耐えがたく存じます。憐れと思し召されるなら、どうかお助け下さい。ご恩は終生忘れません」
 老人はそう言って、泣き泣き帰って行った。
 仙師は忘れないよう、道観の柱に、
「午の日の午の刻に龍を救うこと」
 と、大書しておいた。

 当日、村人に招かれて食事をよばれ、道観に戻ってくつろいでいた。その時、弟子が柱を見て叫んだ。
「『午の日の午の刻に龍を救うこと』だって?大変だ、そろそろ午の刻じゃないか。お師匠さまは昼寝でもしてお忘れになっているのかもしれないぞ」
 弟子が起こしに行くと、仙師は慌てて飛び起きた。
「今、何刻だ?」
「午の刻にはまだ少し間があります」
 早速、仙師は青衣の弟子に護符を持たせ、馬で海へ急がせた。海上の空は一里あまりにもわたって黒雲に覆われ、四方から強い風が吹き寄せてくる。
 見ればバラモン僧が黒雲に乗り、剣をついて海に向かって祈祷をしている。バラモン僧が一喝を浴びせるたびに、海水が減っていく。今ではもういつもの半分ほどしか残っていなかった。青衣の弟子はバラモン僧に一喝された途端、馬から落ちて起き上がれなくなった。
 仙師は、今度は黄衣の弟子に朱墨で書いた護符を授け、馬で海へ行かせた。しかし、海まであと百歩あまりというところで、バラモン僧に一喝され て、またもや馬から落ちた。海水はすでに七、八割方干上がっており、波間で白龍が苦しそうに身をよじらせていた。
 仙師は朱衣の弟子に黄紙に書いた護符を持たせ、馬で海へ行かせた。バラモン僧が一喝したが、今度は落馬しなかった。
 海辺につくと、海水はあと一、二尺で底が見えるところまで減っていた。白龍はあごひげを震わせ、口を開いたまま砂の上でもがき苦しんでいる。朱衣の弟子が護符を海に投げ込むと、みるみる水かさが増し、海はもとに戻った。
 バラモン僧は剣を撫でて口惜しがった。
「三十年の精進が一朝にして台無しじゃ。これほどの力を持っているのは、一体どこの道士だ!?」
 そして、ブツブツ言いながら立ち去った。
 空は晴れ渡り、風は止み、波も穏やかになった。先に落馬した弟子達も起き上り、道観に戻ると、仙師に首尾を報告した。
 そこへ、白龍が老人の姿で現れ、涙を流しながら仙師を拝した。
「もう少しで胡術に命を落とすところでした。仙師さまのお力添えがなければ、おそらく助からなかったでしょう。このご恩、そう簡単にお報いできるものではございません。願わくは、とこしえにお仕えいたしとうございます。仙師さまのご命令とあらば、どこへなりとも参りましょう。ご用命あらば、いつでもお召し下さい。すぐに参上いたします」
 以来、白龍は弟子のように仙師に仕えた。

 興唐観は野原の真中に位置し、井戸を掘ることができなかった。そのため、いつも童子が十里離れたところまで水を汲みに行っていた。
 ある日、仙師は白龍を召し出した。
「ここに住まうようになって長いが、水の便が悪いことが唯一の煩いだ。道観を取り巻くように泉が流れてくれれば、何の不自由もない。そこもとに何とかできまいか」
 白龍はかしこまって答えた。
「そもそも泉水(せんすい)の流れは天界に定められたもので、誰にも変えることはできません。しかし、仙師さまは私の命を助け、千年の苦しみから救い出して下さいました。何とかしないわけにはまいりましょうか。どんな危険を冒してでも成し遂げます。泉水を守る神と一戦交えることになるでしょうから、皆さん、ひとまずよそへ移って、三日経ったらお戻り下さい」
 白龍の言葉に従い、道観を挙げてよそへ避難した。
 三日後に戻ってみると、石畳を敷いた水路が築かれ、清らかな水が流れている。清流は道観をめぐった後、南の海中へと流れ込んでいた。この水路 を「仙師渠(せんしきょ)」と名づけた。

 葉仙師は法術をもって天下に名を轟かせたが、白龍の助力によるところが多かったという。

(唐『玄怪録』)