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孫緬の奴隷


 

 沃(きょくよく、現山西省)の県尉孫緬(そんべん)の奴隷は六歳になるまで口が利けなかった。
 ある日、孫緬の母が階(きざはし)の上に椅子を出して坐っていると、例の奴隷がじっと見つめている。
「お前、何を見ているのかえ」
 奴隷は問い詰められると、笑いながらこう答えた。
「奥様がまだお下げ髪の頃、よく黄色い裙子(スカート)に白い上着を引きずっておいででしたね。猫を飼っていたことは、憶えておいでですか?」
 孫緬の母も猫のことは憶えていた。すると、奴隷は言った。
「あの時の猫こそ、前世の私です。逃げ出した後、雨どいに隠れておりました。奥様は泣きながら私を探していらっしゃった。夕暮れまで雨どいに隠れていて、それから東隣の庭園に逃げ込みました。そこで古い塚を見つけて、棲家としたのです。二年後、私は狩人に打ち殺されました。猫といえども死んだことには変わりありません。死者の例に漏れず、私も閻魔様のもとへ送られました。閻魔様はこうおっしゃいました。
『その方は生きている間、何の罪も犯さなかった。今度は人間にしてやろう』
 私は海州(現江蘇省)に送られて乞食の子供として生まれ変わりました。人間とはいっても乞食では何のよいことがありましょう。これなら猫の方がまだましです。結局、私は一生満足に食べられないまま、二十歳で死んでしまいました。また、閻魔様のもとへ行くと、
『今度はその方を貴人の家の奴隷に生まれ変わらせてやろう。奴隷ではちと聞こえが悪いかもしれぬが、そう悲嘆することもないぞ』
 そして、この家に生まれ変わったのです。私はこの世に三度生を享(う)けましたが、奥様はまだこうしてお元気でおられます。まさにこれこそ稀なる福運なのではありませんか?」

(唐『広異記』)