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曹操の墓(三)


 

 南の許の城外に河が湧き出している。岸辺は切り立った崖になっており、底は深くて暗い。
 真夏に、ある人がここで水浴びをした。しばらく泳いだ後、深く潜ったところ、その人はしばらくしてバラバラに断ち切られた無残な姿で浮かび上がった。
 その後、別の人がここで泳いだのだが、同様にバラバラになった。
 単なる事故とも思えず、人々は驚き怪しんだ。このことを聞きつけた県令は早速河の上流をせき止めさせた。河の水が干上がると、崖の下部が深い洞窟になっていることがわかった。その入り口には水車が仕掛けてあったが、羽根はすべて鋭い刃であった。潜った人はこの水車に巻き込まれてバラバラにされたのである。
 水車をはずして洞窟の中に入ると小さな石碑があった。表面に刻まれた文字はすべて漢代の篆書であった。碑文から曹操の墓であることがわかった。棺があったので壊して骨をばらまき、納めてあった金や財宝をみな持ち帰った。

 異史氏曰く。
「曹操には七十二のニセ塚があったというが、本物はこれ以外にあったのである。何と奸智にたけているのだろう。しかし、千余年にして朽ちた骨はばらまかれた。策を弄したところで無駄だったというわけだ」

(清『聊斎志異』)