陽(現河南省)の僧侶静如(せいにょ)が古い硯を手に入れた。静如はこの硯を非常に気に入り、机の上に置いていつもあかず賞玩していた。
 ある時、縁の下から身の丈三、四寸ほどの鎧武者(よろいむしゃ)が飛び出した。小さな鎧武者は階段を駆け上がり、机にピョンと飛び上がると、胸を張ってこう言った。
「我が君が端渓(たんけい)での観魚をご所望であらせられるぞ。そこな和尚、しばし席をはずせい」
 続いて漁師が六、七人現れた。身の丈は鎧武者と同じく三、四寸で、硯池(けんち、水を入れるくぼんだところ)に網を打った。そこへ将軍とおぼしき人物が現れた。身の丈は五寸ばかりで、三十人あまりを率いて硯の上で指揮をとり始めた。
 しばらくして漁師が網を引き上げると、魚が数匹かかっていた。料理人が現れ、魚を手際よく料理した。
 将軍は静如を指し、左右に命じた。
「こやつも料理して、宴に添えよ」
 怒った静如が一喝すると、将軍はパッと消えてしまった。呆気に取られている静如を鎧武者が馬に抱え上げて縁の下へ走り込んだ。
 静如は気がつくと宮殿の中にいた。先ほどの将軍が玉座の上で怒り狂っていた。
「何というやつだ。余を驚かすとは!手打ちにしてくれようぞ」
 その時、宮殿の中から火の手が上がった。静如はすきを見て逃げ出したのだが、その時、耳元でささやく声が聞こえた。
「金を助けて鬱憤(うっぷん)を晴らすがよいぞ……」
「いやいや、どうして宋郊のごとき陰徳を積まぬのか……」
 静如はそのまま意識を失った。

 目覚めると、縁の下にぽっかりあいた穴のそばで倒れていた。静如が弟子に命じて鋤で穴を掘り広げさせたところ、巨大な蟻塚が見つかった。「金を助ける」とはつまり「鋤」のことだったのである。静如は宋郊が大雨で溺れかかった蟻を助けてやったことを思い出し、蟻塚には手をつけず、穴を埋め戻させた。

(元『北軒筆記』)