天柱峰の月見


 

 華山(現安徽省)に趙知微(ちょうちび)という道士がいた。皇甫玄真(こうほげんしん)の師匠である。知微はまだ若い頃に俗世と決別して九華山に入り、鳳皇嶺の麓に庵を結んでいた。

 ある年の八月のことである。月が改まってからずっと長雨に祟られ、十五日の中秋節になっても雨はやみそうになかった。玄真は同門の弟子達と残念がった。
「せっかくの月見の晩なのに、雨で台無しだ」
 そう言いながら空を見上げていたが、いっこうに雨がやむ気配はない。
 知微が突然、侍童に、
「酒や肴の準備をしなさい」
 と、命じて弟子達を集めた。
「これから天柱峰に登って月見をしようと思うがどうかね」
 弟子達はこの雨で月見なんて、と思ったが、渋々ながら同意した。
「お師匠様は何を考えているんだろう。こんな雨の中、出かけたら、頭巾はびしょ濡れになるし、下駄の歯だって折れちゃうのになあ」
 しばらくすると、知微が杖を手にして出かけて行こうとするので、弟子達も後に続いた。
「さあ、行くぞ」
 知微が門を開くと、空はすっかり晴れ上がり、晧々(こうこう)たる月の光はまるで昼間のような明るさであった。月明かりに照らされながら、葛 (かずら)や藤につかまって山道を登った。峰の頂に到着すると、知微は黒豹の敷物に坐り、弟子達は草むらに腰を下ろした。
 明るい月を眺めながら、師弟は酒を酌み交わし、詩を詠んだ。歌う者もあれば、宙を踏んで歩く者あり、琴を奏でる者もある、という具合に心ゆくまで楽しんだ。
 月が沈んでから、麓へ下りて庵に戻った。弟子達が各々就寝すると、外は再び荒れ狂う風雨に襲われ、空は真っ暗になった。

(唐『三水小牘』)