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用 心 棒


 

 隆年間(1736〜1795)のことである。
 聊城(りょうじょう)県(現山東省)の竇(とう)某は武芸をもって郷里にその名を知られていた。息子が三人、娘が一人おり、いずれも武勇にすぐれていた。
 竇某はこの武芸を買われて、この地域を通る旅人の用心棒をしていた。紅色の三角の旗を目印とし、往来する旅人の安全をしっかり守り、少しの危険も寄せつけなかったので、皆、竇某を用心棒に雇いたがった。父子はその応接に追われて休む間もなかった。そこで、友人達と共同で県城の東に事務所を開設した。
 当時、この一帯では盗賊が跋扈(ばっこ)して旅人の安全を脅かしていたが、竇某には一目置いていたので、竇家の紅旗を掲げる旅人を襲う者はなかった。ただ、隣接する直隷(ちょくれい)に砦(とりで)を構える黄天狗(こうてんこう)という盗賊だけは、膂力(りょりょく)にすぐれ、大勢の手下を抱えていたので、竇某を恐れ憚ることがなかった。竇某の方でも天狗の縄張りを通る時には、ことさら厳重に防備を固め、なるべく砦を避けるようにしたので、まだ直接対決したことはなかった。
 ある日、地方のさる高官の執事が騾馬(らば)百頭あまりに銀十数万斤を積んで都へ運ぶ途中、聊城を通りかかった。本来なら危険を避けて遠回りをするべきなのだが、今回は期日が迫っており、どうしても天狗の砦のそばを通らなければならないという。そこで、竇の事務所を訪れて用心棒を求めた。
「困りました、困りましたぞ」
 竇某の手下は頭を抱えた。この日に限ってすべての男手が出払っていた。
「事情を話してお断りするしかないでしょう」
 竇の妻がそう言って表へ出ようとしたその時、娘の小姑(しょうこ)がゆっくりと立ち上がった。
「ここを通る旅人で竇家の紅旗を掲げないものはないわ。折角、うちを訪ねておいでなのに、そのまま送り出す気?竇家の紅旗を掲げずに旅を続けさせるなんてことになったら、我が家の名折れよ。もしも、道中、何か起きたらうちの面子(メンツ)は丸つぶれじゃない」
「なら、どうすればいいの?」
「あたしは父さんについて馬の乗り方から弓の扱いまで一通り習ったわ。そんじょそこらの男には負けないつもりよ。この仕事、立派にやり遂げられると思うんだけど」
 母は言った。
「あの砦の悪党のことは、父さんでさえ恐れているわ。今回の仕事は、どうしてもあそこを通らなければならないのよ。あんたにできるかしら?」
 小姑は笑いながら、
「まあ、やらせてみてちょうだい」
 そう言って、男の衣裳に着替えた。そして、弾き弓を手挟み、馬に跨ると、竇家の紅旗を高々と掲げ、一行を率いて出立した。

 一行は六、七日して、天狗の砦のそばに差しかかった。日は西の山の端に隠れつつあった。小姑は一行を率いて砦から十里あまり離れたところにある大きな旅籠(はたご)に投宿した。
 皆が落ち着いた後、小姑は一人で旅籠の外に腰掛け、茶をすすっていた。弾き弓は土塀に立てかけてあった。夕闇の中、パタパタと足音がしたかと思うと、髪を総角(あげまき)に結った子供が現れた。灯り代わりであろうか、火口(ほくち)を手にしていた。
 子供は小姑の姿を見つけると、
「遊んでおくれよ、遊んでおくれよう」
 と、まとわりついてきた。小姑は相手にせず、目を閉じて茶をすすり続けた。子供はしばらくその周りを飛び跳ねていたが、やがて、
「ちぇっ、つまんないの」
 と言って走り去った。その際、土塀に近寄り、立てかけてある弾き弓の弦(つる)を焼き切っていったのだが、小姑はこのことに気づかなかった。
 夜明けとともに一行は旅籠を後にした。数里ほど行った時、林の中から、突然、盗賊の一団が飛び出して来た。
「わぁっ、襲撃だ!」
 浮き足立つ一行に盗賊は襲いかかり、騾馬の手綱を奪うと、そのまま牽いて行った。
「落ち着け、落ち着け!手綱を放すな」
 小姑はそう呼ばわりながら盗賊の一人に向けて弾丸を発射しようとした。その時、ビンッと音立てて弦が切れた。
「しまった!」
 昨夜の子供に弦を焼き切られたことにようやく気づいた。小姑は舌打ちして馬首をめぐらし、ひとまずその場を離れた。かなり敵を引き離したところで、髪を一筋切って弦をつないだ。急ぎ馬に鞭当てて戻ると、すでに騾馬の半分近くが砦へ引き入れられていた。
 小姑は大声で呼ばわった。
「お前達、オレのことを知らんとみえるな?わざわざ死にに来るとはいい度胸だ。死にたいやつはかかって来い!」
 そう言いざま弾丸を発射すると、盗賊の一人が倒れた。
「若造、やりやがったな!」
 盗賊達が小姑めがけて殺到した。小姑は弾き弓を構えて馬を走らせた。ビシッ、ビシッと弾丸の中る音がして、盗賊が一人、また一人と倒れていった。小姑は百歩も行かぬ間に十数人もの盗賊を倒していた。
「ひけ、ひけ!」
 突然、号令する声が聞こえた。見れば、天狗が腕を振りながら、こちらへ馬を飛ばしてくる。
「お前ら、そのお方をどなたと心得る?恐れ多くも竇家にゆかりのあるお方だぞ」
 天狗は手下を叱りつけて呼び戻した。そして、小姑に慇懃(いんぎん)な態度でこう申し出た。
「バカな野郎どもが竇家の旗印を知らないばかりに、とんだご無礼をいたしました。どうかお許し下さい。折角ここまでおいでなのですから、砦にお運びいただき、一献(いっこん)差し上げたいと思います。どうかご遠慮なされますな」
 小姑は敵の罠だ、とすぐに直感した。しかし、虎穴に入らずんば虎児を得ず、ともいう。ここは一つ相手の手に乗ったふりをしてみるのも悪くはない、そう思い直した。
「よかろう」
 小姑は天狗と轡(くつわ)を並べて砦の門をくぐった。執事や人夫達は砦の外で酒食を振る舞われることとなった。
 砦の広間には山海の珍味が整えられていた。小姑は上座に席を占め、その隣に天狗が腰を下ろした。盃が三度巡った後、天狗は匕首で肉を一切れ切り取ると、小姑に、
「お客人、どうぞ我が手からお召し上がり下され。遠慮は無用ですぞ」
 と、勧めた。天狗は小姑が口をつけた隙に乗じてそののどをえぐるつもりであった。
「かたじけない」
 小姑はそう言って肉片に口をつけると、匕首の切っ先ごと噛み切った。そして、天井へ向けて切っ先をプッと吐き出した。切っ先は梁に止まっていた燕を貫いた。燕はヒラヒラと天狗の膝の上に落ちた。天狗の顔は真っ青になった。
 天狗は小姑の前にひれ伏すと、今までに非礼を詫びた。
「虎に犬のような子はいない、と聞いておりましたが、本当のことだと確信いたしました。今日、何度も矛先を交え、無礼を働きながら、このような願い厚かましいことは承知しております。ですが、お願いでございます。どうか師匠と仰がせていただきたい。手下の一人に加えて下さい」
 小姑がうなずくと、天狗はまた、こうも言った。
「竇家の紅旗は有名で、騙(かた)る輩も多くおります。これからは白帯を二本添えてほかと区別をなされよ。そうすれば、この一帯の盗賊で、刃向かう者はいなくなるでしょう」
 そして、奪った騾馬をすべて返した。小姑の無事な姿を見た執事や人夫達は皆、驚きのあまり、動くこともできなかった。小姑は皆を励まして馬に乗らせ、砦を後にした。
 一年あまり経って、盗賊達は天狗を下したのが竇某の娘の小姑であったことを知った。
「娘でさえあれほどなのだから、父親や息子達はもっとすごいだろう」
 と、震え上がった。

 このことをきっかけに竇家の紅旗は広く天下に知れ渡った。
 皆は戯れてこう言った。
「竇家の紅旗の上にたなびく白帯は、実は小姑が足を包んでいたものだそうだ」

(清『聊摂叢談』)