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張訓の妻


 

 の楊行密(ようこうみつ)の配下に張訓(ちょうくん)という武将がいた。口が大きかったので、張大口とも呼ばれた。数々の戦で武勲(ぶくん)を立て、重職を歴任し、最後は太傅(たいふ)にまで昇りつめた。妻は武勲を立てるたびに、

「これも神様のおかげですわ」

 と言うのだが、それがどのような神なのか張訓も知らなかった。

 楊行密が武将達に鎧甲(よろいかぶと)と馬を下賜(かし)した。しかし、張訓だけ良い物を与えられなかった。ある夜、楊行密の夢に珠玉を縫いつけた衣をまとった女が現われた。

「閣下が張訓に賜られた甲(かぶと)と馬は良い物ではありませんでした。どうかお取り替え下さいませ」

 楊行密は張訓にたずねた。

「その方の家では何か神でも祭っておるのか?」

 張訓は妻のことに思い当たったが、

「いいえ、私は不信心でございまして」

 とだけ答えた。

 張訓の妻は嫁入りの際、持参した衣装箱をたいそう大切にしていた。蓋の開け閉めは必ず自分でし、張訓でさえ中味を見たことがなかった。妻が外出した折にこっそり開けてみると、剣が一本と珠玉を縫いつけた衣が一襲(ひとかさね)入っていた。

 帰宅した妻は張訓の顔を見るなり言った。

「私の衣装箱を開けなかったでしょうね」

 しばらくして妻は張訓を恨み、家を出て行った。衣装箱の中身を見たことが原因なのかどうかはわからなかった。二人の間には子供が生まれたばかりで、さかんに母の乳を恋しがった。張訓は妻に去られたことは悲しくはなかった。ただ、母に去られた子供がふびんでならず、添い寝をしていた。

 その真夜中、張訓が人の気配で目を覚ますと、別れた妻が傍らで子供に乳をやっていた。

「出て行った者が、どうして戻って来たのだ!」

 妻は何も答えず、子供を蒲団で覆って立ち去った。張訓はその蒲団がぐっしょり湿っていることに気づいた。灯りで照らしたところ、蒲団には赤いしみが広がっていた。

 蒲団をめくると、子供の頭はもぎ取られていた。

(宋『江淮異人録』)