堕 胎 薬


 

 常に生真面目な医者がいた。ある晩、老婆が金の腕輪を一対持って、堕胎薬(だたいやく)を買いに来た。

「そんなもの、売れません」

 医者は老婆を追い返した。

 翌晩、老婆は腕輪に真珠の花のついた釵(かんざし)を二本添えて、堕胎薬を求めた。

「売れないものは売れません」

 医者は老婆を追い払った。

 それから半年あまり後のことである。医者は冥土に引っ立てられる夢を見た。

「その方を殺人の罪で訴え出た者がある」

 冥土の役所に着くと、髪をふり乱し、首に紅いきれを巻いた女が泣きながら陳述していた。

「医者が堕胎薬をくれなかったばかりに、私は死なねばならなくなりました」

 医者は驚いて反論した。

「薬とは人を生かすためのもので、殺すものではないぞ。どんな理由であれ、人を殺すための薬を売ることなどできぬわ。そもそも、あんたが男と乳繰り合った末のことだろう。私に何の関わりがある」

 女は言った。

「私が薬を求めた時には、孕(はら)んだとはいえ、まだお腹の子供も血の塊に過ぎませんでした。魂も宿っていない血の塊を壊しさえすれば、私は死ななくてすんだのです。薬をもらえなかったばかりに、私は子供を産まなくてはならなくなりました。我が子を手にかけ、自分も首をくくりました。あなたは一つの命を助けたつもりでしょうが、結局、二つの命が失われることとなったのです。これは誰のせいでしょうか? あなたが融通を利かせてくれなかったばかりにこんなことになったのですよ」

 冥土の裁判官は深くため息をついた。

「女よ、お前は事情をくまなかったこの男をなじり、彼は理屈を主張して譲らない。宋代以来、誰も彼もが理屈にこだわって空論ばかりふりかざし、実際にもたらされる結果については考えようともしない。こういう考えの人間は、この医者ばかりではない。女よ、お前ももうあきらめよ」

 裁判官はそう言い終えると机を叩いた。その途端、医者はゾッとして目を覚ました。

(清『閲微草堂筆記』)