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玉真娘子


 

 廻(ていかい)は伊川(いせん)の末裔である。南宋の紹興(しょうこう)八年(1138)、臨安(現杭州)の後洋街に移り住んだ。家は表通りに面していたので、簾を垂らして目隠しにしていた。

 ある日、燕のようなものが簾のすき間から飛び込んできて、母屋の壁に止まった。見てみれば、それは身の丈五、六寸(当時の一寸は約3センチ)ほどの美人であった。小さいながらも華麗な衣装を着込み、人の姿を見ても恐れなかった。
「わらわは玉真娘子(ぎょくしんじょうし)なるぞ」
 美人の声はか細かったが、言葉ははっきりと聞き取れた。
「ここへ立ち寄ったは偶然じゃ。祟(たた)りはなさぬゆえ、安心するがよい。わらわに仕えれば、きっと幸いをもたらそうぞ」
 家人が壁に小さな厨子(ずし)を取りつけ、香華を供えて玉真娘子を祀ることにした。玉真娘子は吉凶禍福(きっきょうかふく)を予言したが、すべて的中した。噂を聞きつけて見に来る人も多く、家人に百銭を払って厨子を開けてもらい、玉真娘子の姿を拝んだ。おかげで程廻の暮らし向きは少しばかり豊かになった。

 玉真娘子は程廻の家に一年ばかりいたが、ある日、忽然と飛び去った。どこへ行ってしまったのかは誰にもわからなかった。

(宋『[目癸]車志』)