桓道愍の妻


 

 (しょう、現安徽省)の人、桓道愍(かんどうびん)は隆安四年(400)に妻を亡くした。妻との仲はとても睦まじかったので、その歎きは深かった。

 その日も、妻のことを思いながら寝ていた。ふと見ると、屏風の上から女の手がのぞいている。道愍は飛び起きて、灯りで屏風の向こうを照らしてみると、果たして死んだ妻であった。その姿は髪に挿した簪まで、生きている時と少しも変わりがない。道愍は妻の手を執り、思い出話にふけった。そして、生前と同じように情を交わしたのだが、恐ろしいとは思わなかった。

「どうして今日まで姿を見せてくれなかったの? ずっと会いたかったんだよ」

「私もあなたにお会いしたかったわ。でも、生者と死者ではそれぞれ属するところが違うのよ。私は生きている時、何の罪も犯していなかったから、すぐにでも生まれ変われるはずだったの。だけど、あなたが婢女(はしため)に心を移したのではないかと疑い、嫉妬の心を抱いてしまって、その罰でしばらく地獄に落とされていたの。それもようやく許されて、今度、また人に生まれ変われることになりました。それで、あなたにお別れを言いにきたのよ」

「どこに生まれ変わるの? 教えてくれれば、会いに行くよ」

 妻は笑ってこう言った。

「私もどこに生まれ変わるかは知らないわ。一たび、人に生まれ変われば、前世のことなど忘れてしまうのよ。会ってどうなるのかしら」

 夜明けに、妻は泣きながら別れを告げた。道愍は回廊の下まで見送った。妻の姿が見えなくなってから、道愍もようやく恐ろしさを感じた。ただ、しばらくの間、魂が抜けたようになってしまった。

(六朝『法苑珠林』)