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荊南の虎


 

 の大徳年間(1297〜1307)のことである。

 荊南(けいなん、現湖北省一帯)の山中を九人の男達が歩いていた。雨が降ってきたので、路傍の古いほら穴で雨宿りをすることにした。その時、一頭の虎が現われ、ほら穴の入り口に坐り込んだ。虎は眼を爛々(らんらん)と光らせながら、山をゆるがす猛々しい咆哮(ほうこう)をあげた。ほら穴の九人は震え上がった。九人のうち一人は愚か者であった。残りの八人は相談した。

「この調子だと、あの虎は獲物にありつくまで立ち去りそうにないぞ。いっそのことあのバカをおとりにして、すきをついて虎を殺っちまおうじゃないか」

 愚か者は皆からおとりになれと言われて、

「う〜ん、どうしようかなあ。でも、やっぱり虎はこわいもん」  と、決心がつかない。そこで、各々上着を脱いで人形(ひとがた)を作り、虎の前に放り投げた。虎はますます怒り、腰を上げてほら穴に入って来ようとした。

「まずい、怒らせちまった。こいつを食って機嫌を直してくれ」

 八人は愚か者を虎に向かって突き飛ばした。虎は転がり出てきた愚か者をくわえると、ほら穴の外へ運んでいった。しかし、なおも怒りの形相でほら穴の奥をにらんでいた。

 その時である。突然、轟音(ごうおん)とともにほら穴が崩れ落ちた。中に残っていた八人は押しつぶされて死に、愚か者だけが生き残った。

 とっさの危難に際して、知恵のある八人が愚かな一人を犠牲にして助かろうとは、ひどい話である。天が見ていないわけがあろうか。

(元『南村輟耕録』)