奇妙な訴訟
李傑が河南尹(かなんいん)であった時、母親が実の息子を不孝の罪で訴えるという奇妙な事件が起こった。息子に事情を問うと、泣くばかりで何の申し開きもしない。ただ、
「母に対して罪を犯したのですから、死罪になって当然です」
と言うのであった。その様子を見る限り、とても不孝の罪を犯すようには思えない。母親に、
「実の息子が死罪になってもかまわないのか?」
とたずねれば、
「こんな親不孝息子、早く死刑にして下さい」
と、こともなげに答える。そこで、李傑は母親に向かってこう言った。
「しからば、柩(ひつぎ)を買って息子の屍を引き取りに来るがよい」
母親の顔にパッと喜びの色が浮かんだので、李傑はますますいぶかしく思った。そこで、部下に命じてその後をつけさせた。母親は役所を出ると、外で待っていた道士にこう言った。
「うまくいったよ」
部下はすぐに戻って、李傑にこのことを報告した。やがて、母親が柩を買って戻って来た。李傑は、
「本当に死罪にしてよいのか? 考え直すなら今のうちだぞ」
と、考えを改めるよう勧めたが、母親は死刑にしてくれ、の一点張りであった。そこへ道士が引き立てられてきた。李傑が道士を厳しく問い詰めると、
「実は私はそこにいる女と不義の関係を結んでおります。いつも息子に邪魔をされるので、いっそのこと殺してしまおうと訴えたのです」
と、洗いざらい白状した。李傑は母親と道士を打ち殺させた。そして、買って来た柩に母親の遺骸を納めて、息子に下げ渡した。
(唐『隋唐嘉話』)