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虎 皮


 

 州(現山西省)に崔韜(さいとう)という人がいた。[シ除]州(じょしゅう、現安徽省)を旅し、南の歴陽(現安徽省)へ向かった。明け方に[シ除]州を発ち、途中、仁義館で一泊することにした。
 仁義館の役人は声を低くして言った。
「ここでは何人か亡くなった人がおります。よそへ泊まった方がいいですよ」
 しかし、崔韜は役人の忠告を聞かず、荷物を背負ってさっさと上がり込んだ。役人も仕方なく、灯りを用意してくれた。
 二更(夜十時頃)を回った頃のことである。崔韜が夜具を広げて寝ようとしているところへ、突然、虎が扉を破って飛び込んで来た。崔韜は慌てて物陰に隠れた。
 崔韜が息を潜めて見守る前で虎の体からするりと皮が落ちたかと思うと、中から美しい娘が現れた。娘はそのまま崔韜の夜具で寝ようとした。崔韜は隠れていた場所から出た。
「どうしてここで寝ようとするのだ? 獣の皮を身につけていたのはどういうことか?」
 矢継ぎ早の問いかけに娘は答えた。
「私は怪しいものではありません。父と兄は狩人ですが、家が貧しくて結婚相手が見つかりません。こうなっては自分で探すしかないと思い、夜になると虎の皮をまとって旅館の客人のもとを訪れております。今までの客人は皆、私の姿に驚いたあまり、命を落としてしまいました。今宵(こよい)、あなたとこうしてお会いできたのも何かのご縁でしょう。どうか、私をもらって下さい」
 この時、すでに崔韜は娘の美しさに心を惹かれていた。
「願いをかなえてやろう」
 崔韜はそう言って娘の脱ぎ捨てた皮を旅館の裏にある枯れ井戸に投げ捨てた。
 崔韜は娘を妻とし、故郷へ連れて帰った。ほどなくして二人の間には男の子が生まれた。
 後に崔韜は試験に合格し、宣城(現安徽省)の役人に任じられた。崔韜は妻と息子を連れて任地へ赴いた。

 一月あまり旅を続けた後、再び仁義館に宿泊した。崔韜は笑って言った。
「私達が初めて出会ったのはここだったね」
 枯れ井戸をのぞいてみると、昔投げ捨てた虎の皮がまだ残っていた。
「お前が着ていた皮がまだあるよ」
 崔韜が笑ってそう言うと、妻も笑った。
「まあ、懐かしい。折角だから拾ってきて下さいな」
 妻は皮を手にして崔韜に笑いかけた。
「ちょっと着てみますわ」
 皮を身にまとった途端、妻は虎となった。虎は崔韜と息子に躍りかかってその体を食らい尽くすと、いずこへか姿を消した。

(唐『集異記』)