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朱 四 客


 

 江(せっこう)の朱四客は娘が襄陽(じょうよう、現湖北省)の呉居甫(ごきょほ)の妾となっていたので、毎年、下僕を連れて会いに行っていた。

 その年も娘に会いに行く途中、九江(きゅうこう、現江西省)の山中で一人の盗賊と出会った。盗賊は堂々たる体格をしており、手にした長い槍で朱四客の行く手を阻んだ。盗賊は荷物を奪うと、金目の物を物色し出した。

 朱四客は年こそ取っていたが体はまだまだ達者で知恵も回った。盗賊が完全にこちらに背を向けてしまったのを見ると、後ろから足蹴(あしげ)にした。不意をつかれた盗賊は、崖から転げ落ちた。朱四客は盗賊の取り落とした槍を拾い上げて、下僕とともにその場から逃げ出した。

 その晩は近くの旅籠(はたご)に泊まった。旅籠の女将(おかみ)は朱四客の手にした槍を見て不審な顔をした。

「お客さん、その槍はどうなさったんです?」

 朱四客は問われるままに盗賊に出会ったことを話して聞かせた。女将は顔色を変えたのだが、朱四客は気づかなかった。

 朱四客と下僕が部屋に下がって寝ようとした頃、足を引きずりながら旅籠にやって来た者があった。

「今日はとんでもない目にあったぞ。老いぼれだからと見くびってかかったら、逆に崖から蹴り落とされたわ」

 声の主は盗賊であった。この旅籠の主人は盗賊だったのである。女将は慌てて外へ出てたしなめた。

「おだまりってば。その老いぼれが泊まってるんだからさ。夕飯を食べてから、ゆっくり始末をつければいいじゃないか」

 女将は甲斐甲斐しく食事の支度をした。この会話は朱四客と下僕にすべて聞こえていた。朱四客は壁に穴をあけて外へ出ると、下僕と二人で草むらに伏せて様子をうかがった。しばらくして、盗賊が松明(たいまつ)を手にして現われた。

「チッ、老いぼれめ、逃げやがったか」

 辺りを探したが、朱四客を見つけることはできなかった。

「年の割に元気だったから、遠くへ逃げたのかもしれんな」

 盗賊夫婦はそう言って街道へ出て行った。朱四客は遠くへ行ってしまったのを確かめてから、旅籠に火をつけた。ほどなくして戻って来た盗賊夫婦は旅籠が燃えているのを見て慌てて火を消しにかかった。そのすきに朱四客と下僕は逃げ去った。

(宋『夷堅志』)