僧侶と狐


 

 侶の志玄(しげん)は河朔(かさく)の人であった。方術に長け、戒律を厳しく守っていた。衣も絹物などは身に着けず、麻しか身に着けなかった。また、諸州を旅する時も、城中の寺には泊まらず、郊外の山林で野宿をした。

 絳州(こうしゅう、現山西省)の東十里にある墓場で野宿をした時、不思議な体験をした。たいそう月の明るい夜であった。ふと見ると、一匹の狐が林の下で髑髏(どくろ)を頭にかぶっては揺すっている。髑髏が転がり落ちると、別の髑髏に取り換えてまた揺する。どうやら、揺すっても落ちない髑髏を探しているようであった。何度か髑髏を取り換えるうちに、条件に合うものが見つかった。今度は、草の葉を摘んで、体中に貼りつけた。その途端、狐の姿は白衣をまとった娘と化した。その眉目はまるで描いたように美しい。人間の娘にもこれほど美しい者はあるまいと思われた。

 狐の化けた娘がしとやかに歩み出そうとしたその時、東北の方角から馬のいななきが聞こえてきた。娘は袂(たもと)で顔を覆うと、路傍にうずくまって、よよと泣き出した。そこへ馬に乗った男が通りかかった。男は身なりから察するに軍人のようであった。

 男は娘が泣いているのを見ると馬から下りてたずねた。

「奥さん、こんな夜更けにどうしてこんなところで泣いているのです? よかったら、お聞かせ願えませんか」

 すると娘は涙を拭いながら、

「私は易州(えきしゅう、現河北省)の者で、北門の張氏へ縁づいておりました。しかし、去年、夫に先立たれ、家業もすっかり傾いて財産もなく、寄る辺をなくしてしまいました。実家に苦境を知らせようにも、易州までは遠く離れております。早く両親の顔を見たくて帰ることにしたのですが、道もよくわかりません。色々考えていたら悲しくなって、それで泣いておりました。このようなことを聞いて、どうなさるおつもりですの?」

 と答えた。すると、男は、

「ほかのことなら、手助けはできませんが、実家へ戻るくらいなら、私にもお手伝いできますよ。実は私は易州でお役目に就いている身なのですよ。昨日、公務でこちらへ派遣され、今、易州へ戻るところです。こんな馬でかまわなければ、乗せて行ってあげましょう」

 と言った。娘は涙を収めて礼を述べた。

「まあ、何てお優しい方なのでしょう。このご恩は忘れませんわ」

 男が娘を抱いて馬に乗せようとしているところへ、志玄が飛び出した。

「待たれよ! あなたが馬に乗せようとしているのは人間ではありません、狐が化けたやつですよ」

 すると、男は、

「和尚さん、これほどきれいな人をつかまえて狐だなどと何を寝ぼけているのです? この人を侮辱するのは、私が許しませんよ」

 と、本気にしない。そこで、志玄は、

「あなたが信じないのなら、この場でこやつの化けの皮をはがしてみせましょうぞ」

 と言うやいなや、印を結んで真言を唱えた。そして、錫杖(しゃくじょう)を振り上げて大喝した。

「速やかにもとの形に戻れ!」

 その途端、娘は身もだえして倒れた。そこに娘の姿はなく、年老いた狐が血を吐いて死んでいた。その頭には髑髏をかぶり、体中が草の葉で覆われていた。

 男は志玄を拝して、助けられた礼を述べた。そして、馬に鞭当てると、その場から立ち去った。

(六朝『捜神記』)