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田螺女房


 

 州義興県(現江蘇省)に呉堪(ごかん)という人がいた。早く両親に死に別れ、兄弟もなかったので、隣家の世話になって暮らしていた。成人した呉堪は県の役人となり、独立した。

 呉堪は優しい心根の持ち主で自然を深く愛した。家の前には荊渓(けいけい)の清らかな流れがあった。呉堪が柵(さく)を作って汚れないようにしていたので、その流れはいつも清らかであった。彼は役所から戻ると、いつも荊渓の流れを眺めて楽しんだ。

 ある日、呉堪は汀(みぎわ)で白い田螺(たにし)を見つけた。呉堪は一人暮らしの寂しさを紛らわせるために、田螺を飼うことにした。

 その翌日、呉堪が役所から戻ると、きちんと夕食の支度ができていた。呉堪はてっきり隣家の老婆が用意してくれたものと思い、そのまま夕食をすませた。翌日も、その翌日も夕食の支度ができていた。夕食の支度は十日あまりも続いた。

 呉堪が隣家の老婆に礼を述べると、老婆は笑って言った。

「変な人だね。きれいなお嫁さんがご飯を作ってくれているのに、このあたしにお礼をお言いかえ?」

 驚いたのは呉堪の方である。

「おばさん、何を言っているのです?」

  「お前さんがお役所へ出かけた後、お嫁さんが忙しく働いているのを見たけどね。十七、八の、きれいな着物を着た別嬪(べっぴん)さんさ。ご飯を作り終わると、母屋に入っていったよ」

 呉堪はなぜだか老婆が見たのは白い田螺の化身ではないかと思った。翌日、呉堪は家を出ると役所へは行かずに隣家に立ち寄った。

「おばさん、今日はここにいさせて下さい」

 老婆の許しを得ると、呉堪は窓辺に陣取って自分の家の様子をうかがった。しばらくすると、母屋から女が現れた。老婆の言っていた通り若く美しい女であった。女は厨房を出たり入ったりして、甲斐甲斐しく食事の支度を始めた。呉堪は厨房に駆け込むと、女の前に立ちはだかった。女は母屋に逃げ込もうとしたが、間に合わなかった。

 女は言った。

「私は田螺(たにし)の精です。天はあなたがいつも泉をきれいにし、また、ご自分の職務をまじめに果たしていらっしゃることをご存知です。あなたが独り身でご不自由なさっているので、お仕えするよう命じられました。どうかお疑いにならず、私をおそばに置いて下さいませ」

 呉堪は天を仰いで感謝し、女を妻に迎えた。以来、夫婦仲睦まじく、互いに敬愛し合って暮らした。

 呉堪が天女のような美女を妻にしたという噂は、またたく間に町中に広まった。県令は呉堪の妻の噂を耳にすると、何とかして呉堪を陥れて妻を取り上げようとした。しかし、呉堪には何の欠点も見られず、さすがの県令にもどうしようもなかった。

 ある日のこと、呉堪は突然、県令に呼びつけられた。県令はたいそうな上機嫌でこう言った。

「君の有能さは私の耳にも届いているぞ。君を見込んで是非やってもらいたい仕事があるのだ。蝦蟇(がま)の毛と鬼の腕、この二つの品が夕方までに必要なのだ。もしも手に入らなければ、君には責任を取ってもらうからな」

 蝦蟇の毛と鬼の腕、どう考えても手に入れられるものではない。呉堪はただ一言、

「何とかしてみます」

 とだけ答えて県令のもとを退出すると、トボトボと家路をたどった。

 帰宅した呉堪は妻に県令から無理難題を押し付けられたことを話した。

「僕の命は夕方で終わりだ」

 途方に暮れる呉堪に、妻はニッコリ笑いかけた。

「ご安心なさい。ほかの物ならともかく、その二つなら私でも手に入れられますわ。さあ、シャンとして」

 妻の励ましに、呉堪もようやく愁眉(しゅうび)を開いた。

「私、ちょっと出かけてまいりますわ」

 妻はそう言って出て行ったが、しばらくして戻って来た。

「はい、蝦蟇の毛と鬼の腕。こんなもの欲しがるなんて妙な県令様ね」

 呉堪は早速、県令に二つの品を届けた。県令は仰天した。まさか呉堪が二つの品を手に入れられるとは思っていなかった。

「私の見込んだだけのことはある」

 県令は強いて作り笑いを浮かべて二つの品を受け取った。

 翌日、呉堪は再び県令に呼びつけられた。県令は言った。

「実は蝸斗(かと)を一つ手に入れてほしいのだ。君ならできるだろう。今すぐ手に入れてきてくれ。不首尾に終わった時には、責任を取ってもらうぞ」

 呉堪は命を受けると、急いで家へ戻った。妻に相談したところ、

「それなら実家におりますわ。すぐに連れてまいりましょう」

 と言って出て行った。

 しばらくして、妻は犬によく似た獣を牽いて戻って来た。

「これが蝸斗です」

 一見したところ何の変哲もない犬であった。

「何ができるの?」

「火を食べて火の糞をする珍しい獣です。さあ、早く連れてお行きなさい」

 呉堪は蝸斗を県令に差し出した。

「お申し付けの蝸斗でございます」

 どう見てもただの犬である。県令は呉堪が自分をからかっていると思った。

「何だ、これはただの犬ではないか。ワシが手に入れろと言ったのは蝸斗だぞ!」

 県令は激怒し、すぐにも呉堪を処罰しようとした。しかし、思い直してたずねた。

「して、何ができるのだ?」

 呉堪はかしこまって答えた。

「火を食べて火の糞をします」

 県令は炭を持って来させると、早速、火を起こして蝸斗に食べさせた。蝸斗は火を食べる片端から火の糞をひり出した。火の糞は地面に落ちると、パッと燃え上がった。県令はまたもや怒り出した。

「こんなもの何の役に立つ!」

 周りの者を呼びつけると、燃え上がる糞を箒(ほうき)で掃き出さすよう命じた。その一方で呉堪を処罰しようとした。

「ええい、そこに直れ!」

 箒が糞に触れた途端、大きな炎が上がり、建物に燃え移った。またたく間に火は燃え広がり、県令もその家族も焼け死んだ。火の手の勢いは衰えず、役所を焼き尽くし、やがて県城全体に燃え広がった。

 この火事以来、呉堪と妻の姿は見られなくなった。義興県も県城が焼け落ちたため西へ移った。これが今の県城であるという。

(唐『原化記』)