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鄭 四 娘


 

 生が東平(現山東省)の県尉に任じられた。洛陽を出発して任地に赴く途中、故城(現河南省)の旅籠(はたご)に泊まった。旅籠では胡人が旅人相手に胡麻餅を売っていた。胡人の妻はたいそう美貌で、李生は一目で心を奪われた。そこで胡人に金をつかませて、その妻に夜伽をさせた。

 胡人の妻はこう名乗った。

「鄭四娘(ていしじょう)と申します」

 李生は数日を鄭四娘と過ごした後、胡人から十五さしの銭と引きかえにその身柄を買い取った。

 李生は鄭四娘を連れて東平に着任した。鄭四娘はしとやかで、李生の意をよく迎えた。縫い物など女のたしなみはすべてこなせ、音曲の造詣(ぞうけい)も深かった。李生は鄭四娘を熱愛し、東平に滞在した三年の間に子供を一人もうけた。

 後に李生は租税を輸送するため、上京することになった。鄭四娘も同行した。故城では、鄭四娘の親戚や知人達が盛大な宴を催してくれた。宴は十日あまりも続いた。

 李生が出発を促すと、鄭四娘は病と称して臥せってしまった。李生はふびんに思い、もうしばらく故城に滞在することにした。しかし、十日あまりもすると期日に間に合わなくなりそうになったので、しぶる鄭四娘を促して出発した。

 城門まで来ると、突然、鄭四娘は腹痛を訴えた。

「お腹が痛くてたまりませんわ」

 そう言って馬を下りると、その場から走り去った。鄭四娘の足は風のように早く、李生や従者達が懸命に追いかけても追いつかない。鄭四娘は故城を走り抜け、近隣の易水(えきすい)村に駆け込んだところでようやく速度をゆるめた。

 李生は鄭四娘と離れがたかったので、残った力をふりしぼって追いすがった。もう少しで追いつくというところで、鄭四娘は路傍に開いた小さな穴に転がり込んだ。

「四娘、出ておいで」

 李生が呼びかけても、何の答えもなかった。

「四娘、四娘、出てきておくれ」

 李生は穴の入り口に立ちつくして、涙を落とした。

 そろそろ日が暮れようとしていたので、村人を呼んで穴の入り口を草でふさがせておいて、その晩は村に泊まった。

 翌日、また穴まで行って呼びかけたのだが、鄭四娘は出てこなかった。李生はもしや煙でいぶせば出てくるかもしれない、と思い、草に火をつけた。もうもうと黒い煙が立ちこめて穴の奥へ流れ込んだが、鄭四娘は出てこない。ようやく煙がおさまった頃、村人に横穴を掘らせた。

 穴の奥に鄭四娘の姿はなかった。一匹の牝狐が死んでいるだけであった。そばには鄭四娘の着物が落ちており、牝狐は後ろ足に錦の足袋(たび)をはいていた。李生ははじめて鄭四娘が狐だったことを知った。李生は鄭四娘を死なせてしまったことを歎いた。しばらく泣いた後、牝狐の亡骸(なきがら)を埋めた。

 李生は宿に戻ると、我が子に犬をけしかけてみたが、子供は犬を見ても恐れなかった。しかし、狐が生んだ子供だと思うと、手元で育てる気にならず、都に着くのを待って遠縁へ里子に出した。

 李生は任務を終えると洛陽に戻り、蕭(しょう)氏と結婚した。蕭氏は李生と鄭四娘のいきさつを知っていたので、いつも李生のことを、

「狐の婿殿」

 と呼んでからかった。

 ある晩のことである。いつものように二人で寝室でたわむれていたところ、蕭氏がまたもや、

「狐の婿殿」

 と呼んだ。その時、外から人のすすり泣く声が聞こえてきた。

「誰だ?」

 李生の問いかけに女の声が答えた。

「鄭四娘のことは忘れてしまわれたのですか」

 それは鄭四娘の声であった。李生の胸に懐かしさがこみ上げた。李生は寝台から飛び降りると、窓辺に走った。

「幽鬼なのか? 人なのか?」

「私は今では幽鬼に成り果てました」

 李生は窓から外を見たが、声が聞こえるばかりでその姿は見えなかった。鄭四娘は李生と蕭氏に向かって言った。

「人と幽鬼とは元来別のものなのに、どうして奥様は私にことよせて主人をそう罵るのですか。また、私の生んだ子をどうして遠ざけたのです。あちらの家では誰もがあの子のことを、狐の子と呼んでろくに着物も食べ物ももらえません。あの子はあなたの子ですよ。何とも思わないのですか。どうか、あの子を一刻も早く引き取ってやって下さい。そうして下されば、思い残すことはありません。この後、奥様がなおも主人を罵り、子供の面倒を見てくれなければ、きっと祟りをなしますよ」

 最後に鄭四娘はこう言い残した。

「本当はずっとご一緒しとうございました。しかし、都へ行けば、私はあなたの目の前で正体を現わすことになったでしょう。そうなれば破滅です。私と子供は打ち殺されていたでしょう。故城であのような死に方をしたから、あなたは今でも私のことを思って下さるのです。少しでも私のことを思う気持ちがあるのなら、どうかあの子をかわいがってやって下さい」

 このことがあってから、蕭氏は二度と李生のことを、

「狐の婿殿」

 と呼ばなくなった。李生は子供を引き取った。今では子供は十歳あまりになっているが、普通の子供と何ら変わったところはなかった。

(唐『広異記』)