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月夜の宴


 

 の元和十二年(806〜820)のことである。
 張[广+臾](ちょうゆ)という人が長安の昇道里に住んでいた。十一月八日の使用人が出払った晩、張[广+臾]が一人で藤棚の下に寝転がり、月を眺めていると、どこからか何ともいえぬよい香りが漂ってきた。驚き怪しんでいるところへ足音が近づいてきた。張[广+臾]は慌てて起き上がり、履(くつ)をつっかけて様子を見に出た。耳をすませていると、門が開いて、青衣をまとった腰元が数人現れた。いずれも年の頃は十八、九、すこぶる艶麗であった。
「月を眺めるのは郊外まで行かなくても十分ですわ。ここの藤棚からも結構な眺めですのよ」
 そう言って七、八人の少女を導いた。少女達は皆、艶やかで、華麗な衣裳を身にまとい、簪が月光に映えてキラキラ光った。どうやら王侯貴族の令嬢達のように思われた。
 張[广+臾]は慌てて家の中に身を隠し、簾越しに様子をうかがった。少女達はゆっくりと歩を運んだ。しばらくすると、藤棚の下には敷物や長椅子がしつらえられ、酒器が並べられた。いずれも見事なこしらえのものばかりであった。
 少女達は車座になり、その左右には十人の腰元が侍(はべ)った。十人の腰元が楽器を奏で、二人が拍子木を打ち鳴らして歌った。その時、一人が気づいたように言った。
「私達、このお邸のご主人に何の断りもなしに、勝手に場所をお借りして飲んだり、騒いだりしているわ。こちらは貴人でいらっしゃるから、私達と同席していただきましょう。おそらくお叱りにはならないはずよ」
 そして、腰元を窓辺にやってこう言わせた。
「姉妹で月を眺めているうちに、お庭に迷い込んでしまいました。宴を開き勝手に騒ぎ、申し訳ありません。どうかお気を悪くなさらず、私どもの宴の主人役を務めてはいただけませんか。夜も遅うございます。略装で結構ですから」
 そう優しげな声で誘われたのだが、張[广+臾]はすっかり恐ろしくなり、扉を閉じたまま出て行くこともできない。
「ご主人、ご主人」
 腰元は扉を叩いて呼びかけた。腰元は諦めて戻って行った。
「固く扉を閉じておいでです」
 すると、一人が言った。
「私達が水入らずで楽しんでいるんですもの、ご遠慮なさるはずだわ。人様のお宅をお借りしたからには、ご挨拶に上がるのが礼儀です。あちらが扉を閉じて出ておいでにならないのは、お恥ずかしいのかもしれないわね。無理にお呼び立てすることもないでしょう」
 そして、腰元の一人が酒樽を持ち、一人が号令をかけると、盃がめぐり、音楽が奏でられた。酒肴は見たこともないものばかりで、たえなる音色はまるで天上のものかと思われた。
 張[广+臾]は窓からうかがいながら考えた。邸のある一画の南は墓地になっており、人の往来はほとんどない。それに今は真夜中で木戸はすべて閉じられている。おそらくこの女達は人間ではあるまい。狐か、幽鬼だろう。悪さをしかけてこない今のうちに追い払うに越したことはない。
 張[广+臾]は手近にある石を拾うと、外に飛び出し、女達に向かって投げつけた。石は真ん中に置かれた大皿に命中した。
「キャッ」
 女達は慌てふためき、急いで酒器を片付けて逃げ去った。張[广+臾]はそのどさくさにまぎれて、小さな盃を一つ奪い取った。
 夜が明けてから、その盃を仔細に調べてみると、それは白い角で作られており、非常に珍しい物であった。不思議な香りはその後も数日の間、庭中に漂っていた。
 張[广+臾]は盃を長持ちの中に大事にしまっておいた。親しい友人にその盃を見せたのだが、どういう由来のものかは誰にもわからなかった。
 十日あまり後、内輪の酒宴を開いた。客人達がこの盃を回し見ていると、突然、転げ落ちた。そして、そのまま見えなくなった。

 翌年の春、張[广+臾]は試験に及第し、進士となった。

(唐『続玄怪録』)