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楊[晉戈]の食客


 

 [晉戈](ようせん)が権勢を振るっていた時のことである。鄭州(ていしゅう、現河南省)へ一家を挙げて墓参りに出かけ、邸には姫妾(きしょう)ら数十人が残された。奥へ通じる中門も大門もすべて厳重に戸締まりをし、壁に小さな穴をあけてそこから食事のさし入れをした。
 楊[晉戈]は多くの食客(しょっかく)を抱え、表の館に住まわせていた。その中に年若く風采(ふうさい)すぐれた者がおり、ある姫妾が心を寄せるようになった。姫妾は屋根に梯子を立てかけて食客を奥へ導き入れ、情を交わした。明け方近く、食客は梯子を使って外へ戻って行った。
 食客は翌晩もやって来たのだが、ほかの姫妾達に気づかれ、その相手もさせられた。姫妾達は門番に賂(まいない)をして口止めした。食客は七、八日間も奥に留めおかれて、朝も晩も女達の相手をさせられた。疲労が頂点に達した時、楊[晉戈]の帰還を告げる声が聞こえた。
 食客は慌てて外に出ようとしたのだが、屋根に上った途端、力尽きてしまった。楊[晉戈]は屋根の上に食客がいるのを見て不審に思った。
「おおかた、何かにとり憑かれでもしたのだろう」
 楊[晉戈]はそう言って、食客を助け下ろさせた。そして、道士を呼んでお祓(はら)いをさせた。食客も、
「幽鬼に惑わされたようで、気がついたら屋根に上っておりました。何が起きたのか覚えておりません」
 と言い訳をした。
 十日もすると、体力をすっかり取り戻し、楊[晉戈]は酒の用意をして食客を招いた。
「快気祝いといきましょう」
 食客は楊[晉戈]の目をごまかすことができたと安心した。
 ある日、食客は楊[晉戈]に招かれて酒を飲んだ。したたかに酔った食客を、楊[晉戈]は奥まった一室で休ませた。食客が横になって酔いを醒ましていると、いきなりたくましい男達が数人飛び込んできた。男達は食客を長椅子に縛りつけて、下ばきを脱がせた。そして、一物をつかむと、刀で切り取った。耐えがたい激痛に食客は失神した。
「傷の手当てをしてやれ」
 遠のく意識の中、楊[晉戈]の声が聞こえた。楊[晉戈]はすべて知っていたのであった。
 十日あまりもすると、傷も癒(い)え、ようやく立ち上がることができるようになった。湯をもらって顔を洗うと、鬚がごっそりと抜け落ちた。以来、鬚は毎日抜け続け、とうとう宦者(かんじゃ)のようになってしまった。
 楊[晉戈]は食客を丁重に遇した。奥で女達と戯れる時には、必ず食客を呼んだ。
「こやつはもう男ではないからな、心配することもないのだ」
 そう言ってなぶり者にした。

 食客は以来、人々の前から姿を消した。半年も過ぎると、友人達の間では死んだとうわさされるようになった。
 方務徳(ほうむとく)はこの食客と親しくしていた。ある日、相国寺を参詣し、大悲閣の下で偶然食客と再会した。あまりの変貌ぶりに、思わず幽鬼かと疑った。
「務徳、務徳、友人の私を忘れてしまったのか?」 
 務徳がどうしていたのか、とたずねると、食客はその手を握って涙ながらに事情を話した。
「すべては自分でまいた種だ。友人達に会わせる顔もない。このような身に成り果てながら、いまだに死ぬこともできないのだから」
 食客はそう言って別れた。

 食客がその後どうなったのかは誰も知らないという。

(宋『夷堅志』)