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騙る幽霊


 

 京に住む某(なにがし)という侍衛は狩猟好きで知られていた。獲物を見つけると城内だろうと城外だろうと所構わず弓を片手に馬を走らせるのである。思えば危険なことなのだが、さしたる事故を起こすことなく過ごしてきた。

 その日も彼は城内でウサギを追いかけていた。追い回して城門まで来たところ、馬がいきなり暴走した。そのすきにウサギは城外に逃げて行った。某がおさえるのもきかず、馬はそのまま井戸のそばまではねて来た。井戸の前に一人の老人がしゃがみ込んでいたのだが、耳が遠いようで騒ぎに気が付かない。某の馬はよける間もなく、老人を井戸に突き落としてしまった。自分のしでかしたことが恐ろしくなった某は、そのまま馬を走らせて家まで逃げ帰った。
 その晩、某の家に件の老人が現れた。
「ワシは昼間、お主に井戸に突き落とされた者だ。あれが事故だったことは認めよう。しかしだな、お主はワシが井戸に落ちたのを見ていながら、助けを呼ぼうともせなんだ。もしあの時、助けられていたらワシもこうして化けて出てくることなどなかったわい。自分で事故を起こしておきながら、その場から逃げ出すとは何と厚かましいことだ」
 これには某も返す言葉がなかった。しばらく老人は色々な罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせかけていたが、やがて家具や調度を片っ端から壊し始めた。慌てた某の家族が跪いて十分な供物をお供えしますから、と許しを請うと老人はようやく手を緩めて言った。
「それじゃだめだ。ワシをおとなしくさせたいのなら、木で位牌を作ってその上にワシの名を書け。そして毎日、豚の足を供えて祭るのだ。ワシのことを先祖だと思って祭るのだ。ゆめゆめおろそかにするでないぞ」
 家族が言われた通りにすると約束したところ、老人は姿を消した。
 これに懲りた某は、二度と事故を起こした城門には行かないことにした。

 それから数年後のことである。某は帝の行幸に同行して例の城門を通ることになった。某は上司に特例で別の城門を通らせてくれ、と頼み込んだ。上司は、
「何を言っている?そなた、自分の職務を忘れたのか?もしも、陛下がお前を召し出されたなら、このワシにどう答えよというのだ」
 としりぞけた。そこで事故のことは隠し、幽鬼に出くわしたことがあるので怖くて、と言っても、
「何?幽鬼だと?帝のご行幸には禁裏の精鋭一万騎が護衛として同行するのだぞ。幽鬼など恐れをなして姿を消すわい」
 と取り合ってくれない。某もこれではどうしようもなかった。
 当日、内心ビクビクもので城門に差しかかった某が例の井戸の方を見ると、あの老人が立っている。どこか姿を隠すところはないかと慌てふためいているうちに、某の姿を認めた老人は駆け寄ってきてその胸ぐらをつかんだ。
「やい、見つけたぞ。お前は以前、ワシを井戸に突き落としていながら助けようともしなかったやつだな。少しは申し訳ないと思わんのか」
 そう言って容赦なく殴りつけた。某はすっかり震え上がってしまい、
「言い訳しても足りないことは認めます。しかし、あなたに言われた通り我が家ではこの数年、きちんとお祭りをしております。だって、お祭りさえ欠かさなければ、祟りはしないとおっしゃったのはあなたではありませんか」
 すると、老人はますますいきり立った。
「祭りだと?たわけめ、ワシはまだ死んでおらんわ!お前の馬に突き飛ばされて、井戸に落ちたが、幸い通りかかった人が助け出してくれたのだ。それをワシを幽鬼扱いするとは、縁起でもない」
「ええっ!そんなあ!!」
 某はそのまま老人を家まで引っ張って行った。職場放棄になるが、一生祟られるかどうかの瀬戸際にそんなことに頓着している余裕などなかった。幸い侍衛は大勢おり、彼一人くらい欠けたところで上司の言うような差し障りはなかった。
「ほら、見て下さい」
 老人を家に連れ帰った某は祭壇の真中にある位牌を指差した。老人は目をしょぼつかせながらその位牌に書かれた名前を見ていたが、いきなり引っつかむと地べたに投げつけた。
「バカモ〜ン!これはワシの名前じゃあないわい!!」
 怒り狂った老人は供えてある豚の足や果物を地面に撒き散らかした。それだでは飽き足らないようで、壷やら皿やら手の届く限りのものを投げつけた。その様子は最初の晩に老人が現れた時の騒ぎと同じであった。
 某とその家族が老人の怒りを解こうと必死になだめすかしていると、空から大きな笑い声が聞こえてきた。その笑い声はすぐに遠ざかっていった。

(清『子不語』)