八毒丸
李子豫(りしよ)は若い時から名医としての誉れが高かった。当時、その処方する薬で治らぬ病はないとまで言われていた。
豫州(注:現在の河南省)刺史の許永の弟が奇病を患い、この十余年というもの原因不明の腹痛に苦しんでいた。どの医者に見せても一向に良くなる気配がなかった。
ある夜のことである。許永の弟が痛む腹をさすりながら寝ていると、屏風の後ろから声が聞こえてきた。
「おい、早く殺っちまえよ。李子豫がもうすぐ、ここにやって来るぞ。あいつの持ってる赤玉は強烈だぜ。お前さんなんイチコロだ」
すると腹の中から答える声が聞こえた。
「ふん、俺は李子豫なんて怖かないさ」
どうも幽鬼同士の会話のようである。
朝になって弟からこの話を聞いた許永は、すぐさま人を遣わして城門で子豫を待ち構えさせた。果たして子豫はやって来た。
床に伏せっていた許永の弟は腹の中から苦しそうなうめき声が漏れるのを聞いた。それはちょうど子豫が許永の館の門をくぐった時であった。病人を見た子豫は診察もせずに言った。
「鬼病ですな」
そして、薬箱から赤い丸薬を取り出して病人に飲ませた。しばらくして、病人の腹がゴロゴロと鳴り出した。何度か下すと、病はきれいさっぱり消え失せていた。この赤い丸薬が、腹痛に効能のある八毒丸である。(六朝『捜神後記』)