返生香
中国の遥か西方の聚窟州に神鳥山がある。神鳥山には楓とよく似た樹木が生い茂り、その花や葉の放つ芳香は数百里の先まで香った。返魂樹という。この樹はまた犀のような声を発する。これを聞いた人は皆、魂消てしまう。その根を切って玉の釜でとろ火で煮詰めると、黒い飴のようになる。これを丸めたものが返生香である。焚くと数百里の彼方まで芳香が漂う。死者がこの香りを嗅ぐとたちどころに生き返るのである。
武帝の征和三年(前90)のことである。西方の月氏国がこの返生香を献上してきた。雀の卵ほどの大きさで、色は黒く棗の実に似ていた。計らせてみると全部で四両あった。帝は中国にはない香だと思い、宮殿の外の宝物庫に納めさせた。
後元元年(前88)になって、都の長安で疫病が流行した。発病した者の大半が死亡した。帝は試しに返生香を焚いてみた。すると、三ヶ月以内に亡くなった者が皆甦った。芳香は三ヶ月経っても消えなかった。返生香の神秘を知った帝は、残りの香を厳重に封印してしまわせた。しかし、不思議なことにしばらくして残りの香はなくなってしまった。香を入れた箱の封印を調べてみると、元のままであった。翌年、帝は崩御した。その時には既に返魂香は失われていたので、帝を蘇らせる術はなかった。
(漢『海内十洲記』)