飛ぶ首


 

 方に「落頭民」というのがいる。その頭が胴から離れて飛ぶことからそう呼ばれている。

 三国呉の時代のことである。南征中の将軍朱桓が一人の婢女を得た。すこぶる愛敬があり、朱将軍も憎からず思っていた。ある夜、朱将軍は遂にその女の臥所に忍んで行った。近寄ってもぐっすり寝入っていると見えて驚き騒ぐこともない。寝具に手を触れても何の反応もない。どうやら死んだように眠りこけているようである。しめしめ、と寝具をまくった朱桓は思いもよらない光景を見て腰を抜かしそうなった。
 寝具に横たわる婢女には頭がなかったのである。
 すわ一大事、と人を呼ぼうかとも思ったが、下手に騒ぐと自分の夜這いがばれるし、あるいは女を殺したと思われかねない。そこで、そのまま自分の臥所に戻って、夜明けまでまんじりともせず過ごしたのである。
 さて、朝になった。人々が起き出したが、何の騒ぎも起きない。そうこうする内、例の婢女が盥(たらい)に湯を汲んで朱将軍の部屋に運んで来た。朱将軍はぎょっとして女の顔をまじまじと見つめたが、何の変化もない。相変わらず罪のない可愛い顔をしている。あれは夢だったのか、と自分を納得させ、婢女のことはそのままにしておくことにした。

 その矢先のある夜、失火によるぼや騒ぎが起きた。邸中ごった返す中、例の婢女だけ起きて来ない。老婆が起こしに行ったが、すぐに恐怖の表情と共に戻って来た。朱将軍が家人を率いて見に行くと、あの晩と同じく婢女の臥所には頭のない女体が寝ている。てっきり殺人事件だと騒ぎ出すのを朱将軍が抑えてしばらく待っていると、どこからともなく羽音がかすかに聞こえてくる。臥所の天窓から羽の生えた丸いものが入ってくる。婢女の頭であった。耳を翼のようにして飛んで来る。皆の見守る中、頭は寝ている体へ降りて行くと、枕の方へ収まったかと思うと、しばらくして婢女は何気ない様子で起き出した。自分の周りに家人が集まっているのを、決まり悪く恥ずかしがっている風である。自分の異常には気づいてない様子であった。朱将軍は家人に婢女には何も言わないよう命じた。

 次の夜、今度は男を二人連れて婢女の臥所に忍んで行った。前夜と同じく頭がない。体を触ってみると、かすかに体温が感じられ、首の切り口に当たる部分からは僅かに息が通っているようである。試しに寝具で首の部分を覆って、首の戻って来るのをしばらく待っていた。すると、明け方になって戻って来た頭は床の周囲を飛び回っていたが、だんだん苦しいそうに地面を飛び跳ねていた。朱将軍が哀れに思って、寝具を取り除けるとやっと頭は胴体と接合した。
 こうなると家人がこの婢女を恐れ、邸に置いておけない空気になって来た。そこで暇を出すことにした。

 南征する将軍は時折、この様な種類の人間を手に入れることがあるそうである。また、頭が胴体を離れている間に、首の部分に銅の盥を置いておくと、戻って来た頭が胴と接合することができなくて、苦しんだ末に死んでしまうこともあるそうである。

(六朝『捜神記』)