足を取り替える話
東晋の元帝(317〜322)の御世に甲という男がいた。この人は誰もが知っている名門の出身だったのだが、突然原因不明の病に罹って亡くなってしまった。甲の魂は冥土の役人に引っ立てられて天へと昇り、司命(注:人の生死を司る神)の役所へと行った。司命が改めて帳簿と付き合わせてみたところ、まだ寿命が何年も残っていた。そこで、寿命のある者を妄(みだ)りに殺すわけにはいかないというわけで、係官に命じて現世へ送り返させることとなった。
その道中、甲は足がひどく痛み、とても歩いて行くことができない状態にあった。数人の係官は額を集めてどうするか相談し合った。
「このまま甲が足の痛みで現世に戻ることが出来なくなれば、我々は寿命のある者を死なせたというお咎めを蒙ることになるぞ」
仕方なく、一同うち揃って司命の前に出ると、事情を報告した。司命はしばらく考えていたが、やがて、
「ちょうどよい具合に最近こちらに連れて来られた者がおるわ。西域人で康乙という者じゃが、この足がなかなか丈夫にできておる。この男は正真正銘死んだ者だから、それと足を取り替えたらよかろう」
と言った。係官は司命の前を退出すると、早速足を取り替えにかかった。康乙の足を見た甲は不快の念を隠さなかった。何よりも西域人ということで毛むくじゃらである。しかも羊のような臭いがした。
「この足を付けろとおっしゃるのですか?」
甲は承知しかねるようであったが、係官に、
「ええ、取り替えなければいつまでも帰れませんよ」
と釘を刺されて不承不承、従うことにした。係官はまず、二人に目をつぶらせた。目を開くよう言われた甲が自分の足に目を遣ると、今までのつるりとした足の代わりに毛むくじゃらの足が二本、にょっきりと伸びていた。
「さあ、さあ」
と係官に背中を押されたかと思うと、家に戻っていた。
生き返った甲は事の次第を家族に話して聞かせたのだが、自分でも半信半疑であった。そこで着物の裾を捲くって足を見てみると、やはり毛むくじゃらの西域人のものであった。しかも羊のような体臭が立ち昇ってきた。
当時の風潮では、名門に生まれた人は男でも美容に気を使い、少しでも美しく見えるよう手入れに余念がなかった。それをこのような足に取り替えられたのだから、その嘆きようは大きかった。甲はなるべく自分の足を見ないようにし、こんなことなら生き返らなければ良かったと後悔した。すっかりふさぎ込んで、今にも死にそうな様子になってしまったのである。
甲の近所に例の西域人の知り合いがいて、西域人の家ではまだ葬儀をしていないと教えてくれたので、甲は自分で出向いて言った。その遺体を見ると、自分の美しい足が付いている。ちょうど納棺する時だったので、甲は涙を流して自分の足を見送った。
ところでこの西域人の息子達というのが揃いも揃って親孝行で、盆節季ごとに親を追慕して甲の家にやって来ては、その足に取りすがって泣き叫ぶのであった。「父上さま〜!」
たまたま道で出会った時でも、しがみついて泣いた。
「父上さま〜!」
これには甲の方がまいってしまった。邸の門に常に見張りを立てて、西域人の息子達が入ってこられないようにした。また、なるべく出掛けないよう屋敷の閉じこもったのである。
折角生き返ったにもかかわらず、甲は自分の足を憎み、何があっても見ないように努めた。夏の真っ盛りでさえも、彼は重ね着をして足を見えないようにしていた。
(六朝『幽明録』)