幽鬼を売り飛ばした男
宋定伯という若者が夜道で何者かに出会った。定伯が、
「誰か?」
と問うと相手は、
「俺は幽鬼だよ」
と答える。相手も定伯にきき返した。
「お前さんは?」
定伯は一計を案じて答えた。
「俺かい?俺ももちろん幽鬼さ」
「どこに行くんだね?」
「城内に行く所さ」
「それは良かった。俺も行く所なんだ。一緒に行こうぜ」
「いいとも」
そこで定伯と幽鬼は同行することにした。しばらく行くと幽鬼が言った。
「なあ、相棒。歩きだと時間がかかるから、お互いにおんぶし合って行こうじゃないか。その方が格段に速いぜ」
「それもそうだな」
そこで、まず幽鬼が定伯を背負うことになった。
「よいしょっと…おい、やけに重いな。お前さん、ほんとに俺達の仲間かい?」
定伯はあわてて答えた。
「俺、幽鬼になったばかりなんだ。それで重いのさ、きっと。お前さんだって、なり立ての頃は重いって言われてただろ?」
「そうだったっけなあ…」
幽鬼は定伯を背負って飛ぶように走った。交替して定伯が幽鬼を背負うと、非常に軽くて何も背負っていないようである。何度か交替しながら城内へ向った。その途中、定伯は幽鬼にたずねた。
「俺さあ、まだ幽鬼になって日が浅いからさ、何にも知らんのだよ。気を付けなきゃならないことって何かあるかね?」
「ああ、それなら人間の唾だな。あれを引っかけられた日にゃ、もうどうしようもないや」
そうこうするうちに川に出た。幽鬼は音もなく川を渡って行った。定伯が渡るとバシャバシャと水音が響いた。幽鬼は不審そうに、
「おい、何の音だ?」
「ああ、なんせ死にたてだからな、大目に見てくれや」
そろそろ城内という時である。定伯は幽鬼を担ぎ上げるとそのまま走り始めた。
「お、もう着くな。相棒よ、ありがとさん。もう、降ろしてくれていいぜ」
定伯は耳も貸さない。
「おい、降ろせ、降ろしてくれ!!」
幽鬼は定伯の背中で叫んだ。定伯はそのまま城内に入ると市場へ向った。市場のど真ん中で幽鬼を降ろして、
「ここならいいだろう」
「あ、お前、人間だな。よくも騙しやがって」
「お前さんの弱点はわかってるんだよ」
そう言って定伯は幽鬼に唾を吐きかけた。すると、幽鬼の体の輪郭がぼやけて来た。見ている内に丸々と太った羊に姿を変えた。
定伯はこの羊を抱え上げると、近くの肉屋の主人に声をかけた。
「おい、おやじ。羊は要らないかい?ご覧の通り飛びっきりの上物だ。なり立てだから活きがいいぜ」(六朝『列異伝』)