残虐
平陽(注:現在の山西省)令(注:知事)の朱鑠(しゅしゃく)は甚だ残虐な人物であった。罪人の取り調べは苛烈を極め、重い首枷(かせ)や石責め、棒責めと思い付く限りの拷問を加えた。また、罪人が女の時には手ごめにしてから尋問した。妓女を罰する場合は客を引っ立てて来ると、その面前で素っ裸にして、その下半身を杖で容赦なく打ち据えた。そして、血まみれの下半身を客にさらして嘲笑した。
「こんなザマで、どうやって客を取るつもりだ」
妓女が美しければ美しいほど、その拷問は酷くなった。黒髪を剃り落とし、小刀で鼻の穴を抉ったりした。朱鑠の持論はこうであった。
「美人の美貌を損なえば、それだけ美貌に惑わされる者が少なくなる」
同僚には、
「美人を見ても心を動かさない。オレのような冷徹な人間でなければ、こうはいかんだろうよ」
と自慢していた。この朱鑠が任期満了により、平陽から山東へ転任することになった。家族を連れて任地へ赴く途中、荏平(じんへい)という所で一泊することにした。宿泊先に選んだ旅館に厳重に扉を封印した一棟があった。朱鑠が主人に問うと、
「妖怪が出るのです。もう、何年も開けておりません」
との答えであった。妖怪と聞いて、朱鑠はあざ笑った。
「フン、妖怪か。この朱鑠の名を聞いたら、遅かれ早かれ退散するだろうさ」
そして、主人に扉を開けるよう命じた。家族はしきりに思いとどまるよう諌めたが、朱鑠は聞かなかった。そこで、家族を別室に泊まらせ、自分一人、剣と蝋燭を携えて扉の中へ入った。朱鑠は蝋燭の灯りに向ってしばらく坐っていたが、怪しいことは何一つ起こらなかった。
三更(注:夜中の12時頃)を回った頃のことである。扉を叩く音が聞こえた。朱鑠が剣を握ったまま睨み付けていると、扉を開けて入ってくる者がある。白い髭を垂らし、赤い冠を被った老人であった。老人は真っ直ぐに朱鑠の前にやって来ると、丁寧に一礼した。朱鑠は身構えて怒鳴りつけた。
「何奴?」
老人はうやうやしい態度を崩さず、言った。
「私は妖怪などではありません。この地の土地神でございます。貴人がお通りになると伺い、化け物共の退治される時が来たと嬉しく思って、こうしてご挨拶に参上いたしました」
朱鑠は剣を構えたまま、老人を睨み付けた。老人は朱鑠の剣に目を遣った。
「間もなく化け物どもが姿を現します。その時にはその剣で片端から叩き斬って頂きたいのでございます。不肖私めも、陰ながらご助力を惜しみませぬ」
「よし、承知いたした」
朱鑠は請け合った。土地神は何度も礼を述べて帰って行った。朱鑠は鞘から剣を抜いて待ち構えた。しばらくすると扉が開き、青い顔をした者や、白い顔の者が次々に入って来た。朱鑠は剣を手に飛び掛かって行き、片端から斬り倒した。化け物はさしたる抵抗もせず、悲鳴を上げて切り伏せられていった。「キャアッ!」 「グウェッ」 「ヒィィイ」
最後に黒い唇の間から牙をのぞかせた者が入って来たのを、田楽刺しにして屠(ほふ)った。興奮しきった朱鑠は大声で主人を呼んだ。既に東の空は白みかけていた。声に応じて朱鑠の家人が集まって来た。彼らが見たのは、血の海に横たわる朱鑠の妻や妾に子供達の変わり果てた姿であった。朱鑠の身を案じて様子を覗きに来たのを、化け物と間違えられて殺されてしまったのであった。事実を知った朱鑠は、
「化け物め!オレをたぶらかしやがったな!!」
そう叫んで床に倒れた。
家人が助け起こした時には既に息絶えていた。(清『子不語』)