日酒


 

 山の人、狄希(てきき)は酒造りの名人である。彼の造る「千日酒」は名前のごとく人を千日酔わせることができるといわれていた。同じ中山に劉玄石という人がいた。酒好きで、酒のためなら女房を質に入れるのもいとわない、と言われるくらいの飲んべえだった。
 その玄石が狄希の「千日酒」の評判を聞いて、訪ねて行った。
「まだ、熟成していないから飲ませるわけにはいきませんな」
 と突っぱねる狄希に玄石は食い下がって頼み込んだ。
「熟成していなくても構いません。どうか一杯、いや、一口でいいから飲ませて下さい。もし飲ませて下さらないなら、この場で腹かっさばいて死にますぞ。末代まで祟りますからな」
「ここで死なれちゃあかなわん。わかった、わかった、一杯だけですぞ。それ以上は絶対駄目です」
 狄希はそう言って酒蔵から碗に一杯だけ汲んで来た。えもいわれぬ芳香が漂ってくる琥珀色の液体である。色良し、匂い良し…味もきっと良いであろう。玄石はおしいただくよう碗を受け取ると、ゴクリと一口飲んだ。

「うまいっ!!」

 思わず唸った。芳醇な味わいが、ジンワリと腹の底まで浸みわたった。
「このような美酒、この劉玄石生まれて始めて味わいました。おそらく生涯に一度きりでしょう。もう一杯いただければ、それこそ死んでも悔いは残りませんな」
「それはまた今度です。さあ、早くお帰りなさい。この酒はたった一杯で千日酔えるのですよ、十分でしょう。千日後にまた来なさい」
 そう言われて、玄石は取り付く島もなく、帰って行った。
 千鳥足で帰宅した玄石は家の敷居を跨いだ途端、ばったりと倒れた。家人が駆け寄ると何と息をしていない。医者が呼ばれたが、手の施しようがなく帰って行った。次に祈祷師が呼ばれ、魂返りの儀式をとり行なったが魂は戻って来なかった。結局、家人は泣く泣く葬儀を執り行なったのであった。

 それから三年後のことである。酒を醸す準備をしていた狄希は、ふと玄石のことを思い出した。
「あれから三年経つが、あの男どうしておるかな。そろそろ酔いの醒める頃だが…。一つ様子を見にいってみるとしようか」
 そこで、玄石の家を訪ねた。
「玄石殿はご在宅かな?」
 応対に出た家人は怪訝そうに答えた。
「とっくに亡くなりました。もう喪も終わりましたよ」
「なんと?それはいつのことですかな」
 狄希はびっくりして訊ねた。
「ちょうど三年になります。べろべろに酔っ払って帰ってきたかと思うと、そのまま…」
 家人の答えに狄希は大笑いし出した。
「わしの酒もすごいものだ。千日も酔いつぶすとはな。さて、墓所に案内していただけますかな?玄石殿を起こさねば」
 家人と共に墓所へ行ってみると、不思議なことに盛り土の上からほのかに蒸気が上がっているのである。そこで、急いで墓を掘り返し棺を破ると、プ〜ンと酒臭い匂いが漂った。赤い顔をした玄石が棺に納まっていた。見守っていると、死んだはずの玄石が大きく伸びをして起き上がった。
「う…ん、いやいや、すっかり寝てしまった。おい、水だ、水、誰か水を一杯持って来い」
 狄希がニコニコ笑って進み出た。
「迎え酒はいかがですかな?」
「や、狄希殿。それにみんな…一体どうしたんだ?がん首揃えて」
 そこで、狄希が今までのことを説明して一同大笑いをしたのであった。その時、その場に居合わせた人は皆、玄石の酒臭い息で酔っ払ってしまい三ヶ月の間起きられなかったという。

 狄希は酔いつぶれた一同を尻目に、酒を醸しに帰って行った。

(六朝『捜神記』)