紫玉


 

 王夫差に紫玉という娘がいた。芳紀十八歳、才色兼備で王は目に入れても痛くないほどの可愛がりようであった。

 紫玉はふとしたことで韓重という美少年に思いを寄せた。密かに文をやり取りし、将来を誓い合う仲になった。重は当時十九歳で、齊魯地方(注:共に山東省)での道術修行を志していた。重は紫玉への結婚の申し込みを両親に託して、修行へと出発した。王は申し入れを聞くと烈火の如く怒って承知しない。以来、紫玉は鬱々として楽しまず、間もなく病に罹ってはかなくなってしまった。

 三年後、重が修行を終えて呉に戻ってきた。両親に求婚の首尾を問うと、思わぬ答えが返ってきた。
「王がお怒りになられての、姫は失意の内にはかなくなってしまわれた」

 初めて紫玉の死を知らされて、重は声をあげて泣いた。墓所の在処を聞くと早速供物を揃え、墓前に弔いに出かけた。墓前で涙ながらに紫玉への思いを述べていると、誰か優しく背を撫でるものがある。振り返ると紫玉が立っていた。
「君、生きていたの?」
 紫玉は袂で重の涙を拭ってやりながら、寂しげに首を横に振った。
「いいえ、私はもうこの世のものではございません。あなたは修行へ出発なさる前に、ご両親様に頼んで父へ結婚の申し入れをなさって下さったと聞いた時には、本当に私嬉しゅうございました。あなたと添い遂げられるものと思っておりました。しかし、父が何としても首を縦に振らず、この様な結果に終わってしまいました。これも命運と言うものでございましょう…」
 そう言って涙を流した。重の手を取って墓の中へと誘った。
「一つだけ心残りなのはあなた様のこと。結局一度もお仕えすることのないままです。これでは私の魂は浮かばれません」
「死者と生者では住む世界が違います。もし、この隔てを越えるようなことをしたら、差し障りがあるのでは」
「それは私も承知しております。しかし、重様、もしここでお別れしたならば、永遠にお目にかかることはないでしょう。あなたは私が死者だからお厭いになっていらっしゃるのではありませんか?心からお仕えしようと思っているのです。どうぞ信じて下さいませ」
 紫玉はそう言ってまた涙を流した。
 重はその言葉に感動して、共に墓の中に入った。墓の中に留まること三日。紫玉の情愛は真に細やかであった。
 四日目に美しい珠を一つ取り出すと、重に贈って言った。
「たった三日ですが、あなたの妻として過ごすことができました。生きてあなたにお仕えする望みがないからとはいえ、何を思い残すことがありましょう。ごきげんよう。どうかご自愛下さいませ。もし私の家へお出でになることがあるならば、父上によろしくお伝え下さい…」
 紫玉に送り出された重はその足で王宮へ行き、紫玉のことを王に告げた。王は激怒して、
「姫はもう亡くなっているんだぞ。ありもしないことをペラペラとまくし立ておって、死者を冒涜する気か!恐らく姫の墓を暴いて宝を盗んだのであろう。ばれそうになったので、姫の魂が云々などと言っておるのじゃ」
 と、重を捕えさせようとする。重は危うく逃れると、紫玉の墓へ行き、涙ながらに冤罪を訴えた。紫玉は姿を現して言った。
「ご心配なされますな。私から父上にあなたの無実を申し上げて差し上げましょう」

 王が髪を梳らせていると、鏡に女の姿が映った。振り返ると紫玉が跪いているではないか。びっくりして、
「どうして生き返ることができたのだ?」
 と言うと、紫玉は跪いたまま答えた。
「父上、以前重様は私に求婚なさって下さいました。しかし、父上はお許しになられませんでした。その時、私と重様は将来を誓い合っておりました。このままでは女としての貞節と信義を守れないと思い、我と我が身を滅ぼしてしまったのです。あれから、重様はお戻りになられ、私の死をお耳になさるとすぐに弔いに来て下さいました。その思いやりの深さには私も感じ入りました。汚き死者の身であることも顧みず、妻としてお仕え致しました。この珠は私が重様に贈った形見の品でございます。あの方が私の墓から盗んだ物ではございません。どうぞ、お咎めなさりませんよう」
 王妃がこの話を聞きつけて奥から出てくると、紫玉を抱き締めた。その途端、紫玉の姿は煙のようにかき消えてしまった。

(六朝『捜神記』)