梵音


 

 原(注:現山西省)の商人で石憲という人がいた。いつも商いで代北(注:山西省北部)を旅していた。
 長慶二年(822)の夏のことである。雁門関(がんもんかん、注:山西省北部の関所)の付近にさしかかったところ、あまりの酷暑で石憲は大木の下で気を失って倒れた。
 そこへ一人の僧侶が現れた。褐色の僧衣をまとっていて、目つきの悪い異様な容貌をしている。これが石憲に向かって、
「拙僧は五台山の南に庵を結んでおります。林は奥深く、水は豊か、俗塵(ぞくじん)を遠く離れた結構なところで、多くの僧侶が避暑をしておりま す。施主殿、あなたも一緒においでになりませぬか。ここにいては、この炎暑でどうなるかわかりませんぞ」
 と言ってニヤリと笑った。それは人に不快感を催させるものであったが、石憲は暑さでかなりまいっていてそこまで気が回らなかった。僧侶の誘いは砂漠の中で甘露に出あったのにも等しいありがたいものに感じられた。
「お坊様、連れて行ってください」
 僧侶は石憲を促して西に向かって歩き出した。数里(注:当時の一里は約560メートル)ほど行くと、林の奥の池についた。池の中では大勢の僧侶 が泳いでいた。それを見た石憲は何やら奇妙な感覚に襲われた。僧侶が言った。
「これは玄陰池(げんいんち)といって、拙僧等はここで水浴して暑熱を避けることにしております」
 そして、石憲を導いて池の周りをめぐった。僧侶達の様子を眺めているうちに、石憲はあることに気づいた。こちらを見上げるその顔は、どれも同じなのである。まるで、一つの鋳型があって、それから打ち出したもののようであった。
 日は西に傾き、そろそろ山の端に姿を消そうとしていた。水浴している僧侶の一人が言った。
「施主殿に拙僧等の梵音(ぼんおん)をお聞かせいたしましょう」
 その声に応じて、僧侶達は合唱を始めた。
「ゲロゲロゲロゲロ……」
 それは梵音とは似ても似つかない、不快な合唱であった。石憲が固まったまま動くこともできないでいると、別の僧侶が手を差し出して言った。
「施主殿も一緒に玄陰池で水浴なされよ。怖がることはありませぬぞ」
 石憲は抵抗することもできず、そのまま水中へ引き込まれた。水は心臓も凍らんばかりに冷たかった。
 ぶるぶるっと震え上がったその時、目が覚めた。そこは自分が気を失って倒れた大木の下であった。着物は水に落ちたようにびしょ濡れで、寒気がしてたまらなかった。もう日が暮れかけており、そのまま近くの村で泊めてもらった。

 翌日になると、少しばかり元気になったので、出発することにした。しばらく進むうちに、遠くから蛙の鳴き声が聞こえてきた。
「ゲロゲロゲロゲロ……」
 それは昨日の僧侶達の梵音とよく似ていた。そこで声を頼りに数里ほど行くと、林の奥の池にたどりついた。玄陰池にそっくりであった。池ではたくさんの蛙が泳いでいた。
 石憲はこの蛙達が怪異をなしたことを悟り、池にいた蛙をすべて殺した。

(唐『宣室志』)