十三郎と阿霞(五)


 

 の中から紫色の衣を纏った美しい娘が進み出ると袖をひるがえして舞い、歌った。遠く異郷に離れた恋人を待つ娘は、今は冷たい土の中にいるのである。娘の亡骸(なきがら)の上に散りかかるのは花の亡骸。しかし、死してもなお娘は恋人を恋い慕うのである。そして娘の思いは通じ、その恋人と再会する。それは薄もやのかかったようなぼんやりとしたもので、その再会に娘は嬉しくもあり戸惑いをも感じるのであった…。
 娘の声は甚だ哀婉(あいえん)で、聞く者の肺腑をえぐった。十三郎には娘の気持ちが痛いほどわかった。おそらく阿霞もこのような思いを抱いて浙江で自分の戻るのを待っているのであろう。
「ああ…!」
 歌い手の顔を見た十三郎は顔を覆って嗚咽(おえつ)した。何とそれは阿霞だったのである。叔母がそれを見とがめて、
「この娘は最近こちらに来たばかりですが、お知り合いですか?」
 と問うのにも答えず、十三郎はせきこんで娘に声をかけた。
「ああ、もしや阿霞では?」
「はい」
「どうして君がここにいるの?」
 なおも問いかける十三郎に美青年が、
「あまり詮索(せんさく)しないように。ただ、これだけは言っておこう。すべては十三郎殿の今生の縁を全うさせようと思ってのことだ」
 と言うので、十三郎は平伏して説明を乞うた。
「こういったことは少々難しいものでね。ただ孝子、貞女に関しては神も称揚なされることだから、多少ことを曲げてもお咎めは受けないんだ」
 そして大杯を取り寄せると、なみなみと美酒を注いだ。
「十三郎殿、半分飲まれよ。残りの半分は奥や、あなたから阿霞に飲ませて差し上げて」
 十三郎は杯を受けてグッと飲み干した。何だか体中に力と希望がみなぎってくるような気がした。阿霞の方は杯を受け取っても恥ずかしがって飲もうとしない。すると叔母が笑って言った。
「お馬鹿さん。あなたはじきにうちのお嫁さんになるのよ。これはその固めの杯じゃないの」
 そう言われてようやく阿霞も酒を干した。酔いのせいで阿霞の白い頬には血の色がさし、惚れ惚れするような美しさであった。
「十三郎殿の眼力は大したものだ」
 美青年が思わずうなった。ついで従僕を呼ぶと、
「手はずは整っていような?」
「はい、万事抜かりなく」
 早速、子牛の挽く車で阿霞を送らせることにした。別れに際して十三郎が、
「帰ったら両親に僕は元気だ、すぐに戻るから、と伝えておくれ」
 と頼むと、阿霞は十三郎と会った証拠になる品が欲しいと言った。そこで、玉の首飾りを外して手渡した。そして涙ながらに再会を約して別れたのであった。
 宴も終わり、別室に案内された十三郎は柔らかな寝台に身を横たえた…。

 肩先に凍みる冷気に目を覚ますと、東の空が白み始める頃であった。朽木に繋がれたまま路傍の草を食む馬の姿が目に入った。驚いて飛び起きてみれ ば、邸などあとかたもなかった。そこは古い塚の上であった。首に手をやってみると、夕べまで下げていた首飾りがなくなっていた。役所に戻った彼は、この晩の不思議を誰にも語らなかった。

 この年の冬、皇太子が誕生し、それを祝って大赦が下された。十三郎も刑期を繰り上げて故郷の浙江に戻れることになった。長官は十三郎の孝心を哀れみ、わざわざ餞別(せんべつ)を贈ってくれた。
 帰宅した十三郎を両親は暖かく迎え入れた。両親の傍らには阿霞の姿があった。阿霞は言葉もなくただ目に涙を浮かべるだけであった。
「阿霞の身に起きたことは知るまいな。あの後、葉家に結婚を申し込んだのだが、あちらではどうしても首を縦に振ってくれなんだ。いつ帰ってくるかもしれない囚人に娘をやる気はない、と言ってな。そこで致し方なく、こちらも引き下がるしかなかった。しかし、哀れなのは阿霞よ。父御が縁談を断ったと知ると、日夜泣き暮らしてな。他家の仲人が来ると聞くと、自害して果てようとまでした。そのたびに父御に口汚く罵られ、とうとう度重なる心労ではかなくなってしもうた。それが一年ほど前のことだ。葉家では裏庭の棗の木の下に亡骸を葬ったのじゃ」
 父の説明は続いた。

 

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