花妖(一)


 

 山は天下に名だたる仙山である。また、四季の花が咲き乱れることでも有名である。山中の道観の一つである下清宮の庭園にも見事な耐冬と牡丹の木が生えており、花盛りの時期にはまるで錦を織り出したかのように咲きほこった。

 この下清宮に膠州(こうしゅう、注:山東省)の黄生という人が滞在していた。ある日、書斎の窓から外を眺めていると、花の間から女の白い衣が覗くのが見えた。道観に女がいるのも妙だと思い、外に様子を見に出ると、女の姿は梢の間に消えてしまった。それ以来、彼はしばしば女の姿を見かけるようになった。彼はどうしても女の正体を突き止めたくなり、梢に姿を隠して女の現れるのを待つことにした。しばらく待つうちに、果たして白い衣の女が姿を現した。紅い衣の女が一緒である。どちらもすこぶる艶麗で甲乙つけがたい。黄生が身を潜めて待っていると、二人の女は段々近付いてきた。すると、紅い衣の女が足を止めて言った。
「誰かいるわ」
 黄生が隠れていた所から姿を現すと、二人の女は裳(もすそ)を翻して逃げ出した。その後を追う黄生を何ともいえない香気が襲った。その香りのよさに思わずポ〜ッとしている内に、女達の姿を見失ってしまった。黄生は切ない気持ちになって、傍らの立ち木に詩を書きつけた。

無限相思苦  限りなき思いに苦しみ
含情対短窗  情を含んで窓に向えば
恐帰沙咤利  心なき人のものか
何処覓無双  尋ぬべき彼の人はいずこ

 書斎に戻って物思いに耽っていると、突然例の女が入って来た。喜んで迎え入れる黄生に女は笑って言った。
「あなたったら突然姿を現すんですもの。誰だってびっくりして逃げ出しますわ。まさか、こんなに文雅な方とは思いもよりませんでした」
 素性をたずねると、
「香玉と申します。以前は遊郭におりましたが、道士にかどわかされてここに閉じ込められております」
「その道士の名は?名前さえ教えて下されば、私が何とかしてあげましょう」
「それには及びませんわ。私に何をするわけでもないんですもの。おかげであなたとお知り合いになることができました」
 と言う。黄生が、
「お連れの紅い衣の人は誰?」
 ときくと、
「絳雪(こうせつ)姉さんです。私たち義姉妹の契りを結んでおりますの」
 と答えた。
 それから、どちらから誘うともなく黄生と香玉は臥所を共にした。存分に睦み合って眠った。
 目覚めるともう朝日が射し込んでいる。香玉は慌てて起き上がると急いで身仕度をした。
「時の経つのもすっかり忘れておりました。もう、夜が明けてしまいましたわ」
 そして、去り際に、
「私、あなたにお返しの詩を作りました。お恥ずかしいけどお贈りいたします。お笑いにならないでね」
 と言うと紙片に何か書き付けた。黄生はその腕を取って言った。
「あなたは美しいだけでなく、心根も優しい方だ。あなたと一緒にいられるなら死んでも構わない。一日だって離れていたくないくらいだ。ねえ、これからもお暇な時はいつでもここに来て下さい。夜でなくてもいいから」
 香玉は再会を約束して去って行った。書斎に一人残された黄生が香玉の書き残した紙片を開くと、そこには美しい手蹟(て)で一篇の詩が書いてあった。

良夜更易尽  良き夜は明けやすく
朝暾已上窗  朝日はすでに窓に昇る
願如梁上燕  願わくは梁上の燕の如く
棲処自成双  一つ閨に二人棲まわん

 

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