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花妖(二)


 

 れからというもの、香玉はいつもやって来ては黄生と一緒に時を過ごした。しかし、絳雪(こうせつ)の方は来ようとしない。黄生は何とか近付きになりたいものだと思って、香玉に絳雪を連れてくるよう頼んだ。すると香玉の答えはこうだった。
「絳雪姉さんはあっさりした気性なの。私のように決して情には溺れない人です。徐々に話してみますわ。きっと、その内やって来るでしょう」
 ある夕方、香玉が悄然とした足取りで書斎に入ってきた。
「お別れの時がやって参りましたわ。あなた、私がいなくなったら他の方をお求めになられますか?」
「一体、どうしたの?」
 香玉は袖で涙を拭きながら、
「これは運命です。もう決まったことですわ。あなたが前にお詠みになった詩がはからずも予言になるとは…」
 と言って鳴咽した。
「香玉、話してくれないとわからないよ」
 黄生が問い詰めても香玉は答えようとせず、一晩中泣き明かして朝早く立ち去った。黄生はおかしなことだと思ったが、どうしようもなかった。
 この数日来、即墨(注:山東省の地名)の藍(らん)という人が下清宮に滞在していた。藍は庭園の白牡丹を見ると非常に気に入り、道観と話をつけ、掘り返して自宅に持ち帰ることにした。不思議なことにこの白牡丹が掘り返されてからというもの、香玉はフッツリと姿を表わさなくなった。ようやく黄生は香玉が白牡丹の精だったことを知った。香玉が言っていた予言とは詩にあった「心なき人のものか、尋ぬべき彼の人はいずこ(心ない人のものになってしまう、助けてくれる人さえいない)」の二句だったのか、と思い至り悲嘆にくれた。
 数日後、藍家に移し替えた白牡丹が日々萎れていくという話を耳にした。黄生は悲しくてたまらず、毎日、白牡丹の植わっていた所へ行っては花を悼む詩を詠んで涙をそそいだ。
 ある日、いつものように亡き牡丹を弔って帰ろうとすると、すすり泣く声が聞こえる。振り返ってみれば、紅い衣の人が涙を流していた。絳雪であった。黄生は歩み寄るとその袂を取って、互いに向かい合って涙を流した。書斎へ招くと、もう絳雪は拒まなかった。絳雪は嘆息して言った。
「私とあの子は子供の時から姉妹として一緒に育ってきました。それなのに突然引き離されるなんて…。あなたのお嘆きぶりを見ていると、私まで悲しくなって参ります。私たちの涙があの世まで落ちて届いて、この真心に感じて生き返ってくれたら、と願うのです。ああ、でもあの子の魂はもう散らばってしまっておりますわ。生き返って私達と以前のように語り合うのは無理でしょう」
 黄生が言った。
「今日やっとあなたとこうして語り合えるのも、香玉を失ったことが縁だなんて、何て悲しいことでしょう…。なぜ今まで一度もこちらにお越しくださらなかったのです?」
「私、お若い書生さんというものは、皆軽薄で色好みな方ばかりだと思っておりました。まさか、あなたがこんなにも情深い方だったとは思いもよりませんでした。これからも共に香玉のことを語り合いましょう。ただ、私には香玉のような情熱はございません。心だけのお付き合いというのでよろしければ、少しばかりあなたの寂しさを慰めて差し上げられます」
 それから、絳雪は折りを見ては訪ねてくるようになった。来れば酒を酌み交わして詩の応酬をし、香玉の思い出話にふけりもした。以来、黄生は、
「香玉は我が愛妻、絳雪は我が良友だ」
 と言っていた。

 香玉の一件以来、黄生はうすうす絳雪も人間ではないことに気づいていた。ある時絳雪にたずねた。
「前からきこうと思っていたのだけど、あなたはこの庭のどの株ですか?早く教えて下さい。香玉のようにまた誰かに持って行かれでもしたら、私はもう生きていられない。そうなる前に私の家に移し植えたいのです」
 すると絳雪は笑って答えた。
「古い土からよそに植え替えるのは難しいことです。それに、私はただの良友です。そこまでしていただかなくて結構ですわ」
黄生は女を庭に連れ出して、一つ一つ牡丹を指差してたずねたが、女は笑って答えなかった。
 さて、年末になり黄生は年越しのため自宅に戻った。年も明けてしばらく経った二月のある夜、夢に絳雪が現れた。
「大変なことになりました。早くお戻りになって下さい。まだお会いできますわ。遅れたら間に合いません」
 そう言い残して消えた。黄生は目が覚めてからも不審な思いが消えず、急いで馬の用意をさせると労山へ駆け付けた。すると、下清宮では道士が部屋を増築していた。庭の耐冬(たいとう)が邪魔になるので切り倒そうとしている所だったのである。黄生は急いで止めさせた。
 その夜、絳雪が礼を述べにやって来た。黄生は笑って言った。
「先に本当のことを教えてくれないからこんなことになるんですよ。今度からあなたに来てもらいたい時には、艾(もぐさ)の火でくすべるから」
 数日経った夕方、黄生が書斎で一人、香玉のことを思って涙を流していると、突然絳雪が笑顔を浮かべて入ってきた。
「今日は嬉しい便りを持ってまいりました。花神があなたの情に感動なさって香玉をまたこの道観に降されるそうです」
「それは本当?いつのことなの?」
「そこまではわかりません。それほど遠くないことでしょう」
 その晩は二人で夜通し香玉のことを語り合った。
 それから、黄生は香玉の甦る時を待ち望んで過ごしていた。
 ある夜、黄生と絳雪が共に酒を酌み交わしていると、香玉が静かに入って来た。香玉は片方の手で絳雪の手を、もう片方の手で黄生の手を握って咽(むせ)び泣いた。ひとしきり泣いた後、絳雪は立ち去った。
 二人きりになり、黄生は香玉を抱き寄せた。しかし、うつろな感じで何とも手応えがない。そこで、香玉の姿をしげしげと見つめると、何となくおぼろに透き通っているのである。
「あなたがご不審に思われるのも無理ありませんわ。先には私は花の精でした。今の私は花の幽鬼です。器がなくなってしまったので、魂魄(こんぱく)はもう散ってしまっています。今の私の姿は真のものではありません。夢と同じです」
 そう言って、香玉はさめざめと泣いた。しばらく泣いていたが、
「ヤマカガミの草の粉と硫黄を少し混ぜた水を毎日一杯ずつ私が植わっていた所に注いで、詩を一首詠んで下さい。来年の今日になったら、またお会いすることができるでしょう」
と言い残して立ち去った。
 翌日、牡丹の植わっていた所に行ってみると、果たして牡丹が新たに芽吹いていた。黄生は言われたように毎日薬水を注ぎ、詩を詠んだ。また、綺麗な柵で囲って保護してやった。夜、香玉がやって来て礼を述べた。黄生が自宅に植え替えることを提案すると、香玉は笑って遮った。
「私はひ弱な質(たち)です。植え替えるなんてことには、耐えられないでしょう。物にはそれぞれ定められた場所というものがございます。私はこの道観に甦ることを許されているのです。もしもあなたのお宅に移るということになったら、きっと寿命を縮めることになりましょう」

 

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