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報仇剣(後編)


 

 「眉間尺よ、待ちなさい!」
 莫邪は叫んだ。その声に、外へ飛び出そうとしていた眉間尺が振り向いた。髪は逆立ち、まなじりは裂けんばかりに見開かれていた。
「大王の周囲には多くの兵がいる。仇討ちは容易ではありません。きっと、死ぬでしょう。それでも、父の仇を討ちたいのですか」
「死んでも構いません。それで、お父さんの恨みが晴らせるのなら」
 眉間尺は言い切った。そして、涙を流しながら、拳を扉に打ちつけた。
「他の子供達に父のいないことで馬鹿にされるたびに泣いていた。何と愚かだったんだ。ああ、今まで何も知らずに、のうのうと暮らしてきた自分が恥ずかしい。もう少しで、あの世でお父さんと合わせる顔をなくすところだった…」
 眉間尺は己を責めた。息子の意志が動かしがたいと知った莫邪は、干将の最後の言葉を伝えた。
 眉間尺は父の言葉通り、外に出て南と北を見回したが、山は遙か彼方に望めるだけだ。そうなると、南山の北、北山の南は即ち、この家のことではあるまいか。ならば、石の上に生じる松は礎石の上に建つ柱だ。眉間尺がそう見当を付けて振り返ると、ちょうど堂の前の松の柱が目に入った。そこで、手にした斧を一本の柱に振り下ろしてみると、裂け目から一筋の青白い光が漏れ出た。柱を断ち割ると、中から雄剣「干将」が現れた。
 眉間尺は「干将」の柄を握った。剣は吸い付くように眉間尺の手に納まった。眉間尺は何だか、懐かしい兄弟にでも出会ったような感覚がした。それもそのはずである。眉間尺も「干将」も、共に干将と莫邪の夫婦がこの世に生み出したものなのだから。
 眉間尺は都の方角に剣の切っ先を向けて叫んだ。
「暴君、首を洗って待っていろ!」

 楚王は近頃、すこぶる夢見が悪かった。夢には額の広く秀でた少年が現れた。少年は宝剣を自分に突き付けて、
「父の仇!」
 と叫ぶのである。少年の体からは青白い殺気の炎が立ち昇っていた。目覚めると、全身にビッショリ冷や汗をかいていた。困ったことに、いつも同じ夢を見るのである。もしかしたら己を仇と付け狙う者がいるのかもしれないと思った王は、高札に少年の似顔絵を書かせ、その首に巨額の賞金を懸けた。
 眉間尺は仇討ちの決意も固く都へ上った。都に入って早々、眉間尺は高札に書かれた己の人相書きを目にした。慌てて顔を隠して、それでも宮城に向かって歩む眉間尺の耳に、人々の噂話が飛び込んだ。王が自分の首に千金の懸賞金を懸けたと言うのだ。眉間尺はいつの間にかお尋ね者になっていた。
 何と言ってもまだ子供である。眉間尺はすっかり恐ろしくなってしまった。そこで、都を抜け出て、山に逃げ込んだ。しばらくそこに身を潜めてい たが、自分には父の仇討ちなど無理なような気がしてきた。命を捨てても本懐を遂げるつもりで家を出たのだが、こうなっては遅かれ早かれ賞金目当てに首を落とされて、果てるのがおちである。そして、憎い暴君は十重二十重の宮城の高い塀の奥で、ぬくぬくと生き延びるのである。
 眉間尺は絶望の淵で悲嘆に暮れた。父の無念、母の悲しみを思って泣いた。
「ああ、かくなる上はいっそのこと自刃して幽鬼と化して、あの暴君をとり殺してくれようか」
 眉間尺が宝剣を首筋に当てたその時、
「お待ちなさい、お若いの」
 突然、声を掛けてきた者があった。振り返ると、一人の男が立っていた。
「何が悲しくて死に急ぐのかね」
 男は眉間尺の顔を見て、何やら気付いたようである。眉間尺はそんなことには構わず、涙を拭き拭き答えた。
「私は刀鍛冶の干将と莫邪の子供です。暴君に父を殺され、その仇討ちをしたいのですが、はからずもお尋ね者と成り果ててしまい、いまだ本懐を遂げられずにおります」
「その仇、私が代わりに討ってやると言ったら、どうする?」
眉間尺は男の前に跪いた。
「あなたのような義侠心に富んだ人とお会いできるとは、ありがたき幸せ」
「おいおい、ちょっと待ちなさい」
 男はひれ伏そうとする眉間尺をおしとどめた。
「それには条件がある。ただ、問題はそれを君が受け入れられるかどうか」
「どのような条件でも構いません。そもそも私は父の仇を討つためなら、暴君と刺しちがえる覚悟で家を後にしました」
「そうか。では、ズバリ言おう。君の首とその宝剣を私にくれないか」
 その言葉に眉間尺は驚きもしなかった。
「わかりました。一切をあなたにお任せします」
 そう言って眉間尺は左手で自分の髷を掴むと、右手の剣でサッと首筋を払った。剣の切れ味は大したもので、首は易々と胴体を離れた。そのまま眉 間尺の胴体は、己の首と剣を男に差し出した。男は眉間尺の前に片膝をついて跪いた。
「ああ、幼き勇士よ。その小さな体に死をもいとわぬ勇気を秘めていようとは」
 男が眉間尺の手から恭しく剣と首を受け取ると、眉間尺の体は仰向けに倒れた。男は眉間尺の胴体を丁重に埋めた。そして、ひとしきり眉間尺のために泣いた。それから眉間尺の首と宝剣を携えて、都の王のもとへ急いだ。

 眉間尺の首を得た王は喜んだ。これでやっと安眠できるのである。王は玉座から眉間尺の首の前まで下りて来た。眉間尺の首はカッと目を見開いて歯を剥き、今にも食らいついてきそうな形相であった。
 王は足先で眉間尺の首を軽く蹴飛ばした。
「フン、少年よ。首だけになっては朕を殺すことはできぬのう。朕に逆らった者の末路を知らしめるために、そなたの首を城門に懸けてやろう。朝も晩も朕の民どもへの見せしめになるようにな」
 男は進み出て言った。
「大王、これは一国の君主に恨みを持つ勇士の首にございます。今後、どのような祟りをなさぬとも限りませぬ。ここは鼎(かなえ)で煮溶かしてしまうのがよかろうと思います」
 王は早速、水を一杯に満たした大きな鼎を用意させると、その下で薪をどんどん焚かせた。グラグラと煮立った鼎の中に眉間尺の首は投じられた。
 それから三日三晩、眉間尺の首は熱湯で煮られた。しかし、不思議なことに首は少しも損なわれなかった。そればかりか鼎の中で転げ回って、何度も外に飛び出そうとするのである。気味悪がる王に、男は言った。
「この頭が崩れないのは、まだ未練があるのでしょうな。大王、ここはお一つ、鼎の側にいらっしゃって、罵っておやりなさい。さすれば、この首も己の敗北を認めざるをえないでしょう」
 王は男の言葉をもっともだと思った。そこで、鼎に近付いて覗き込んだ。熱湯の中で首は目を見開いて、王をにらんでいた。これにはさすがの王も恐ろしくなったが、廷臣達の手前、虚勢を張るために、首に向かって嘲りの言葉を浴びせた。
「死んでも死に切れぬであろうな」
 その言葉は半ばで途切れた。
「少年よ、約束の王の首だ!」
 突然、男が宝剣を抜いて王の首に振り下ろしたのである。王は逃げる暇もなく、その首はドボンと鼎の中に落ちた。
「謀叛だ!」
 武器を手に手に駆け寄ろうとする兵士達に向けて、男は宝剣を突き付けた。
「ええい、寄るな!!」
 男は大音声で呼ばわった。一同、たじろいで一歩引いた。
「自分の始末は自分でつける。手を出すな」
 そう言いいざま、宝剣で己の首を斬り落とした。
 男の首は鼎の中に落ちた。すると、不思議なことに三つの首は熱湯の中で見る見る崩れ始めた。皮膚も肉もなくなり、骨だけになった首はどれが誰のものだかわからなくなっていた。
 廷臣達は困ってしまった。王を葬ろうにも、どれが王の首か見分けがつかないのである。皆で協議した結果、鼎の中身を三分して、それぞれ別の場所に築いた三つの墓に埋めることにした。どれかに必ず王の遺骨が入っているということで、「三王墓」と名付けたのである。

(六朝『捜神記』)

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