画皮(一)


 

 原(注:現山西省)の王生という人が、朝早く出かけたところ、前方を歩く一人の女を見かけた。女は風呂敷包みを抱え、小さな足で歩くのに難渋(なんじゅう)している様子。興味をひかれた王生が歩みを速めて追いついてみると、年の頃は十六ばかりの美人であった。
 王生、心楽しくなり、女に声をかけた。
「こんな時間にどうして一人でお出かけになっているので?」
 すると女は答えた。
「行きずりの方に私の悩みを解決できるわけでもないのに、どうしておたずねになるのです?」
「何かご心配でもおありですか。もしかしたらお力になれるかもしれませんよ」
 王生がそう言うと、女は表情をくもらせてこう言った。
「両親がお金に目がくらんで、私を金持ちにお妾として売ったのです。しかし、奥様が嫉妬深くて、朝な夕ないじめ抜かれました。とうとう耐えられなくなって、どこか遠くへ逃げてしまおうと飛び出してきたところです」
「で、行くあては?」
「逃げ出した人間に行くあてなどあるかしら」
「それなら、うちに来たらいかかです?うちはここから遠くないのですが」
 女は喜んで同意した。王生は女の荷物を持ってやり、家に連れ帰ると、家族に見られないうちに書斎へ案内した。女は部屋に誰もいないのを見て言った。
「ご家族はいらっしゃらないの?」
「ここは書斎だよ」
「結構なところだわ。もし、少しでも私のことを哀れに思ってここに置いてくださるのなら、誰にも言わないで秘密にしてちょうだい」
 そして、女が嬉しそうに抱きついてきたので、そのままねんごろな仲となった。

 女は書斎から一歩も出なかったので、数日経っても家族は誰もその存在を気付かなかった。王生には陳氏という妻がいたが、この妻にだけは女のことを打ち明けた。陳氏は女の身元を懸念(けねん)して、
「もしもご大家のお妾だったらどうするのです?厄介の起こる前に、出してしまった方が得策ですよ」
 と勧めたのだが、すでに女に骨抜きにされていた王生は聞き入れなかった。
 それから数日後、所用で街に出かけた王生は一人の道士と行き会った。その道士が王生を見るなり、顔色を変えた。
「何か変わったことでもおありでは?」
 道士の問いかけに、王生が、
「いいえ、何も」
 と答えると、
「あなたの体には邪気が漂っております。どうして何もないとおっしゃるのです?」
 と問い詰めた。王生が何もない、と頑強に言い張ると、道士は嘆かわしそうに言った。
「惑わされたな!死期が迫っているというのに、まだ悟らぬとは」
 さすがの王生も道士の言葉が気になり、少しばかり女を疑ってみた。しかし、あれだけ情の深い美人がどうして化け物であるはずがあろう?おそらくこの道士はわずかばかりの祈祷(きとう)料ほしさにでまかせを言っているにちがいない、王生はそう自分を納得させた。
 書斎に戻ってみると、門には中から鍵がかけられ、入ることができない。不審に思いながら垣根の間から入ると、部屋の扉も窓も閉まっている。ますます不審に思い、忍び足で窓に近寄ると、窓の隙間からそっとのぞいて仰天した。

 

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