書中の美女(四)


 

 「君が行ってしまったら子供はどうなる?あの子のことが心配ではないの?」
 玉柱は如玉の足元に身を投げて泣きながら訴えた。これには如玉の方でも忍びがたい様子を見せた。ややあってこう言った。
「それほど私を引きとめたいのならば、書架のご本を残らず処分して下さい」
「あれは君の故郷だよ。それに僕にとっては命にも等しい物だ。どうしてそんなことを言うんだい?」
 玉柱が問い返すと、如玉の方でも是が非でもとは言わず、
「自分の運命を知っているからこそ、あらかじめお知らせしておきたいだけですわ」
 と答えただけであった。
 この頃になると、親類も玉柱が女と同棲していることを知るようになっていた。書物バカで知られた玉柱のもとに女、しかも絶世の美女がいるのだから、誰もが驚いたのは当然である。しかし、縁組みをしたという話を聞いたことがなかったので不審がる者も少なくなかった。女の来歴を問いただしてみても、彼は一言も答えないのである。
 そういうわけで、人々の疑念はますます深まり、噂ばかりが広がることとなった。噂はとどまることを知らず、遂には県知事の耳にまで達した。
 当時の県知事は福建出身の史という年若い進士であった。史知事は正体不明の美女の話を聞いて、心を動かされた。その美しい姿を一目見たいと思 い、玉柱と如玉の身柄を拘束する命令を下した。捕吏が踏み込んだ時には如玉の姿は消えていた。
 激怒した史知事は玉柱を拘引させると、秀才の資格を剥奪し、拷問にかけて女の行方を追及した。玉柱は半死半生の目に遭わされながらも、それでも口を閉ざしたままであった。婢女(はしため)を拷問にかけ、大体の事情を得た。
 史知事は如玉を妖怪と見なし、自ら玉柱の家に出向いて捜索することにした。噂にたがわず家中書物だらけで捜索は困難を極めた。そこで片っ端から書物を庭に運び出し、すべて焼き払った。黒煙が濛々(もうもう)と立ち込めていつまでも散らず、空は塵で覆われたように暗くなった。
 結局、玉柱は証拠不十分で釈放された。彼が痛む体をひきずって帰宅してみると、書物は焼き払われた後であった。如玉を見出し、彼女がことあるごとに姿を隠した『漢書』八巻も例外ではなかった。
「如玉、如玉」
 玉柱は焼け焦げた書物の残骸に向って呼びかけた。しかし、何度呼んでも如玉は姿を現さなかった。『漢書』八巻とともに如玉は永遠に失われたのである。

 玉柱は遠方にいる父の門人に推薦状を書いてもらい、剥奪された秀才の資格を取り戻した。そして、その年の秋の試験に及第した。
 玉柱は史知事に対して深く恨みを抱き、如玉の仇を討つことを決心した。彼は如玉の位牌(いはい)を作り、朝夕祈願した。
「あなたに霊があるならば、僕を福建の役人にして下さい」
 やがて、直指(注:地方を巡検して不正を摘発する官)として福建へ派遣されることとなった。福建に滞在した三ヶ月の間、彼は史知事の悪行を洗いざらい調べ上げ、その家産を没収した。

(清『聊斎志異』)

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