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塩官の娘船頭(前編)


 

 素(せつそ)は塩官(注:現浙江省)の娘船頭である。漁師の父は酒を飲んでばかりいて働かないので、薛素が渡し舟を漕いで生活費を稼いだ。こうして稼いだわずかな金はすべて父の酒代に消えた。稼ぎがいつもの倍上がった日には、父の酒の量も倍になった。
 薛素は晴れ着もなければ、髪飾り一つ持っていなかった。しかし、その天性の美貌は匂わんばかりで、細い腕で懸命に櫓(ろ)をこぐ姿は人々を魅了してやまなかった。

 春のことである。絳州(こうしゅう、注:現山西省)の梁という学生が船旅の途中、塩官を通りかかった。梁生は柳の下に小舟をもやって客待ちをする薛素の姿を見るなり、ため息をついた。
「昔から南国に佳人ありというけれど、本当だったんだなあ」
 梁生は薛素の小舟を雇った。
「ねえ、娘船頭さん」
 梁生は何度も声をかけたが、薛素はニッコリと笑顔を見せるだけで返事をしない。このようにして十三、四里もの間、薛素は一言も返事をしなかっ た。
 梁生は自分がバカにされているような気がして、むっつりと黙り込んだ。そして、
「降りる」
 と言い残すと、歩いて帰ってしまった。薛素は黙って梁生の姿を見送った。

 その年の冬、梁生は再び塩官を通りかかった。時に、例年にない大雪に見舞われ、河水は凍りつき、進むことができなくなった。そこで、梁生一行は近くの船着場に舟を泊めて、氷が解けるのを待つことにした。ちょうどみすぼらしい小舟の隣が空いていたので、そこに舟をもやった。
 朝になり、梁生が窓を開けると、隣の小舟では娘が篷(とま)に積もった雪を払い落としているところであった。
「こんな大雪の中、どちらにいらっしゃるの?」
 そう言って娘が振り返った。薛素であった。梁生は思わぬ偶然に驚いたが、わざとそっけない態度を取った。
「君は何もしゃべらないんだろう?何できくのさ」
 薛素は黙り込み、払い落とした雪を掃き集めた。そうしながら、なおもチラチラと梁生の方を見ていた。

 

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