恋は舟に乗って(四)


 

「誰か助けて〜!!」
 突然、船尾から悲鳴が聞こえた。
 見れば少年が一人、舵(かじ)にしがみついて必死に助けを求めている。どうやら河に落ちたところへ、たまたま呉家の舟が通りかかったため命拾いをしたものとみえた。
 呉君も騒ぎを聞いて船尾に様子を見に来た。少年が舵にしがみついていることを知ると、
「これは大変だ。早く助けてさし上げるのだ」
 と船頭に命じてすくい上げさせた。呉君は少年の顔を見るなり叫んだ。
「やっ!これは私の古くからの友人、江さんのご子息ではないか」
 少年も驚きの声を上げた。
「ああ、父の友人の呉のおじさま。お久しゅうございます」
 二人はひしと抱き合い、再会を喜んだ。
 すべては呉君が世間体を保つために打った芝居であった。誰にも見られないよう情に舵にしがみつかせて溺れたふりをさせ、それを偶然救う、という形にしたのである。
 呉君は情の濡れた衣を新しいものと替えてやり、何くれとなく世話を焼くのだが、まるで実の子を慈しむようであった。
 そうこうするうちに、舟は済州(せいしゅう、注:現山東省)に到着した。呉君は家族を連れて上陸し、華麗な邸宅を借り上げると、地元の名士を招いて令嬢と情の婚儀を華々しく執り行った。船頭達も披露の宴にあずかったが、誰も情を救ったことが芝居だということに気づかなかった。
 呉君は都に入って復命をすませると、故郷の江西に戻った。
 情の勉学のために呉君が有名な学者を招いてくれたので、学業は大いに進歩した。また、太原へ人を遣わして情の父親を訪ねさせた。父親はてっきり溺れ死んだと思っていた息子が無事である上に美しい花嫁を娶ったことを知って喜びを隠せなかった。早速、たくさんの引き出物を携え、江西へ向かった。両家対面の宴は何ヶ月も続けられ、情の父親は安心して太原へ帰って行った。
 情は二十三歳で地元から推薦されて上京し、翌年には進士試験に合格した。任官することになった情は、令嬢を連れて呉君夫婦や親戚に挨拶を済ませると、そのまま任地へ赴いた。
 南京の礼部主事を振り出しに、とんとん拍子に太守にまで出世した。爵位を賜り、子宝にも恵まれたという。

 この話は人々に広く知れ渡り、皆、その奇遇に驚嘆した。

(明『広艶異編』)

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