花妖(二)
れからというもの、香玉はいつもやって来ては黄生と一緒に時を過ごした。しかし、絳雪(こうせつ)の方は来ようとしない。黄生は何とか近付きになりたいものだと思って、香玉に絳雪を連れてくるよう頼んだ。すると香玉の答えはこうだった。
そ
香玉の一件以来、黄生はうすうす絳雪も人間ではないことに気づいていた。ある時絳雪にたずねた。
「前からきこうと思っていたのだけど、あなたはこの庭のどの株ですか?早く教えて下さい。香玉のようにまた誰かに持って行かれでもしたら、私はもう生きていられない。そうなる前に私の家に移し植えたいのです」
すると絳雪は笑って答えた。
「古い土からよそに植え替えるのは難しいことです。それに、私はただの良友です。そこまでしていただかなくて結構ですわ」
黄生は女を庭に連れ出して、一つ一つ牡丹を指差してたずねたが、女は笑って答えなかった。
さて、年末になり黄生は年越しのため自宅に戻った。年も明けてしばらく経った二月のある夜、夢に絳雪が現れた。
「大変なことになりました。早くお戻りになって下さい。まだお会いできますわ。遅れたら間に合いません」
そう言い残して消えた。黄生は目が覚めてからも不審な思いが消えず、急いで馬の用意をさせると労山へ駆け付けた。すると、下清宮では道士が部屋を増築していた。庭の耐冬(たいとう)が邪魔になるので切り倒そうとしている所だったのである。黄生は急いで止めさせた。
その夜、絳雪が礼を述べにやって来た。黄生は笑って言った。
「先に本当のことを教えてくれないからこんなことになるんですよ。今度からあなたに来てもらいたい時には、艾(もぐさ)の火でくすべるから」
数日経った夕方、黄生が書斎で一人、香玉のことを思って涙を流していると、突然絳雪が笑顔を浮かべて入ってきた。
「今日は嬉しい便りを持ってまいりました。花神があなたの情に感動なさって香玉をまたこの道観に降されるそうです」
「それは本当?いつのことなの?」
「そこまではわかりません。それほど遠くないことでしょう」
その晩は二人で夜通し香玉のことを語り合った。
それから、黄生は香玉の甦る時を待ち望んで過ごしていた。
ある夜、黄生と絳雪が共に酒を酌み交わしていると、香玉が静かに入って来た。香玉は片方の手で絳雪の手を、もう片方の手で黄生の手を握って咽(むせ)び泣いた。ひとしきり泣いた後、絳雪は立ち去った。
二人きりになり、黄生は香玉を抱き寄せた。しかし、うつろな感じで何とも手応えがない。そこで、香玉の姿をしげしげと見つめると、何となくおぼろに透き通っているのである。
「あなたがご不審に思われるのも無理ありませんわ。先には私は花の精でした。今の私は花の幽鬼です。器がなくなってしまったので、魂魄(こんぱく)はもう散ってしまっています。今の私の姿は真のものではありません。夢と同じです」
そう言って、香玉はさめざめと泣いた。しばらく泣いていたが、
「ヤマカガミの草の粉と硫黄を少し混ぜた水を毎日一杯ずつ私が植わっていた所に注いで、詩を一首詠んで下さい。来年の今日になったら、またお会いすることができるでしょう」
と言い残して立ち去った。
翌日、牡丹の植わっていた所に行ってみると、果たして牡丹が新たに芽吹いていた。黄生は言われたように毎日薬水を注ぎ、詩を詠んだ。また、綺麗な柵で囲って保護してやった。夜、香玉がやって来て礼を述べた。黄生が自宅に植え替えることを提案すると、香玉は笑って遮った。
「私はひ弱な質(たち)です。植え替えるなんてことには、耐えられないでしょう。物にはそれぞれ定められた場所というものがございます。私はこの道観に甦ることを許されているのです。もしもあなたのお宅に移るということになったら、きっと寿命を縮めることになりましょう」