花妖(三)
黄生は来る日も来る日も牡丹の若芽に薬水を注ぎ、詩を一首詠んでやった。雑草が伸びてくればきれいに抜き去り、小鳥が啄ばまないように籠で覆いもした。絳雪(こうせつ)もしばしばやって来ては黄生を手伝った。
黄生の愛に育まれ牡丹はぐんぐん成長し、丈も二尺ばかりに伸びた。月が満ち欠けを十二回繰り返した頃には、大きな白い蕾を一つつけた。香玉の魂が最後に訪れてから、丁度一年である。黄生は確信した。
「明日こそ香玉に会える!」香玉は暗闇の中にいた。自らの肉体である牡丹が掘り返されてからというもの、自分の体が不確かな影になってしまったように思えた。甦ることを許されはしたが、ただ独り闇の中にいるのは悲しくもあり、寂しくもあった。その香玉の心を支えたのは遠くから響く黄生の声であった。その声を聞くと彼女の心は慰んだ。
そしてついに時が満ちた。突然、闇の中に一筋の光が見えた。>牡丹の閉じられた花弁が一枚ずつ開き始めた。黄生の見守る中、白い花弁が扇のように開いていく。盆ほどの大きさもあるその花の芯には三、四寸ほどの背丈の美人が目を閉じて端座していた。香玉である。黄生は双の腕(かいな)に香玉を抱き上げた。小さな足が花の芯を離れると、香玉はたちまち目を開いた。そのまま自力でひらりと地に飛び降りた時には、元の姿になっていた。香玉は笑って言った。
「まるで長い夢を見ていたようでございます」
そして部屋に入った。絳雪もやって来て、笑いながら言った。
「愛妻と良友、やっと二人そろいました」
共々に仲良く語らい、宴を開いた。
香玉が甦った一件以来、黄生は甥の一人を跡継ぎに指名すると、もう本宅へは帰らなくなった。牡丹の木は腕ぐらいの太さになっていた。黄生はその木を指差して言った。
「私はいつかこの道観に魂を宿すよ。あなたの左側に芽吹くだろう」
「そのお言葉お忘れなきよう」
香玉と絳雪は笑って言った。
それから十年余り経って黄生はふと病気になった。家人が来て嘆いたが、彼は笑って言った。
「哀しむことはない。これからが私の新たな生だ。死ではない」
そして道士にはこう言った。
「いつか、あの牡丹の下に赤い芽が吹いて一度に五枚葉をつけていたら、それは私です」
これを最後にもう口を利けなくなった。家人が急いで黄生を輿(かご)に乗せて家に運んだ。帰ると間もなく亡くなった。翌年、牡丹の木の左側に果たして牡丹の赤い芽が吹いた。葉は五枚ついていた。道士は不思議に思いながらも、水をやって育てた。三年後、数尺の高さに伸び、太さは一抱えもあった。ただ、花をつけなかった。
その後、道士が亡くなり、その弟子が道観を引き継いだが、この牡丹を愛惜する心を持たず、伐ってしまった。すると白牡丹もやがて萎え衰えて枯れた。間もなく耐冬も枯れてしまった。(清『聊斎志異』)