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碾玉観音(二)


 

 秀が郡王府へ奉公に上がってすぐのことである。朝廷から郡王へ見事な刺繍をほどこした戦袍(せんぽう)が下賜された。郡王は嬉しそうに皆にその戦袍を見せるとすぐに仕舞い込んだ。それから、しばらくして秀秀は一枚の戦袍を仕立てて群王に献上した。朝廷から下賜されたものと寸分違わぬ刺繍がほどこされている。郡王の戦袍を一目見た折りにその刺繍の模様を記憶して忠実に模倣(もほう)したのであった。郡王は秀秀の腕前を大いに誉めた。郡王は、
「帝が戦袍を下されたが、こちらも返礼に何か献上したいものだ」
 と言って王府の倉庫へ向うと、材料になりそうなものを探した。侍従らが次々につづらを運んで来ては郡王の前で開ける。しかし、なかなか気に入るものが見つからない。その時、郡王は一塊の玉に目を留めた。透明な羊の脂のような艶を持った玉である。郡王はすぐさま府中で召し抱えている玉磨き職人らを集めると、その玉を見せて問うた。
「この玉で何を作るのがよいか?」
 一人の職人が進み出ると、跪いて言った。
「殿様に申し上げまする。一対の玉杯を作るのが宜しいかと思います」
 郡王はその言葉に、
「この玉で玉杯一対とは、ちともったいないのう…」
 と難色を示した。すると、別の職人が進み出て、
「この玉は上が尖って、下が丸くなっております。七夕人形を作るのに丁度ようございます」
 と言う。郡王は、またもや眉をしかめて、
「七夕人形とな?う〜む、しかし、年一回しか使わぬではもったいないような気もするが」
 といい返事をしない。その時、職人の中から一人の若者が進み出ると、拱手した。
「恐れながら、殿様に申し上げまする」
 この若者、姓は崔、名を寧といい、年は二十五、昇州建康府(注:現在の南京)の出身で、数年前から郡王に仕えている者である。崔寧は続けた。
「確かにこの玉は上が尖り下が丸く、真に細工がしにくうございます。観音像を作るのが一番よろしいかと思います」
 郡王はこの提案を聞くと手を打って、
「そうそう、それがよい。余もそう思っていたところじゃ」
 と大いに喜んで、崔寧に命じて早速、作業に着手させた。
 二ヶ月足らずで、見事な玉の観音像が完成した。郡王がその観音像に上奏文を添えて帝に献上したところ、帝はこの観音像をいたく気に入られた。そのため郡王の崔寧に対する覚えもめでたくなり、王府からの俸給も当然増えた。

 それから間もなくのことである。
 崔寧は晩春を惜しむかのように一人で野遊びに出かけた。その帰り道、銭塘門近くの居酒屋に立ち寄ったところ、二階で飲んでいた知り合い数人につかまり、酒を過ごしてしまった。そろそろ帰ろうと腰を上げた時、突然、外が騒がしくなった。急いで窓を開けてみると、南の方角に火の手が見える。
「井亭(せいてい)橋で火事だ!!」
 と誰かの叫ぶ声が聞こえた。居酒屋の中の客達は皆外に出て火事の様子を眺めていたが、火の勢いは一向に衰える気配はない。強風にあおられて、ますます燃え広がっていった。
「王府からあまり遠くないぞ」
 崔寧はその場から駆出した。
 崔寧が王府に跳び込むとしんと静まり返っており、もう皆避難した模様である。誰か残っているかもと思い、左手の廊下を回って奥へと向った。火の手はすぐ近くまで迫っており、府内は真昼のように明るかった。
 廊下を右に曲ったその時、出会いがしらに何者かとぶつかった。

 

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