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二郎神君の靴(六)


 

 張りを命ぜられた二人から報告を受けた楊大尉は慌てふためいた。憂慮していた「不手際」が起きていたのである。
「何ということだ。西園には高い塀もめぐらしてあれば、警備も厳重にしているではないか。この不届き者は一体、どこから忍び込んできたのだ。まさか、羽が生えているわけでもあるまいに」
 見張りの一人が答えた。
「夫人はその男のことを『神君様』と呼んでおられました」
「『神君様』だと?この世のどこにお上の妃を奪うような神がいてたまるか!しかし、この厳重な警備をかいくぐるとは、本当に神なのだろうか?よし、今晩はワシがこの目で確かめる」
 楊太尉は見張りの二人に、このことを他言せぬよう厳命した。

「玉は砕かれてしまった」
 翌朝、西園から戻ってきた楊太尉は夫人に言った。この一晩でめっきり老け込み、憔悴しきっていた。
「韓夫人はまだお若いのに老人のような生活を強いられておいでだ。自然と欲求不満になるだろう。そこを邪神か妖怪につけ込まれてたぶらかされたのだろう。道士に調伏を頼まねばならぬ。お前はこれから韓夫人にお会いして、ことの次第をお話しするのだ。その間にワシは道士を呼んでこよう」
 太尉夫人は早速、西園へ行くと韓夫人に目通りを願い出た。取次ぎに出た侍女にまだ就寝中だからと断られたが、火急の用の一点張りで通した。
「では、少々お待ち下さいませ」
 侍女はこう答えて下がって行った。一刻ほどして韓夫人が姿を現した。目の縁にはうっすらと隈を作っていた。
「今朝は随分、お早いことですこと」
 韓夫人は軽くあくびをして言った。太尉夫人は身振りで侍女達を下がらせると、真面目な顔で切り出した。
「お話し申し上げなければならないことがございます。毎晩、この西園から男女の話し声が聞こえてくるという噂を耳に致しました。これが事実なら由々しきことでございます。どうかお隠しにならずに正直にお答え下さいませ」
 すると韓夫人は顔を赤らめたが、すぐに取り澄ましてこう答えた。
「そのようなことあるはずありませんわ。ああ、きっと侍女達とのお喋りを聞き違えたのでしょう。そんな、ここに男の人が来るだなんて」
「では、このことはどう説明なさるおつもりですか?」
 太尉夫人は楊太尉が昨晩、見たことを包み隠さず打ち明けた。これには韓夫人も反論できず、真っ赤な顔でしきりに両手をもみ絞っていた。それを見た太尉夫人は怖がっていると誤解して、なだめにかかった。
「大丈夫ですわ。じきに主人が道士を連れてまいります。そうすれば、その者が人なのか妖怪なのかわかりましょう。道士が必ず調伏してくれますから、ご安心下さい」
 その言葉を聞きながら、韓夫人はじっとりと汗ばんだ両の拳をギュッと握りしめた。やがて夜になった。二郎神君はいつもより早く姿を現すと、弾き弓を小わきに手挟んだまま腰を下ろした。緊張のあまり青ざめた顔で韓夫人が息を詰めて控えていると、
「動くな、妖怪!」
 突然、一人の道士が剣をひっさげて部屋に躍り込んできた。
「よくも天子の妃嬪の尊い身を汚しおって。逃さぬぞ。この剣を食らえ!」
 そう叫ぶなり二郎神君に向かって斬りつけた。

 

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