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二郎神君の靴(九)


 

 観察がその紙切れを受け取ってみると、それには細かい文字で、
「宣和三年三月五日舗戸任一郎造」
 と書いてあった。
「宣和三年というと去年のことだな。よし、任一郎(じんいちろう)を重要参考人として引っ張れ。事情聴取だ」
 と、王観察が腰を浮かしかけるのを冉貴(ぜんき)がとどめた。
「ちょいと待って下さいよ。まだ、任一郎が犯人と決まったわけではありません。下手に騒ぎ立てて肝心の賊を逃しでもしたらどうするんですかい?明日にでも何か理由をつけて任一郎を呼び出せばいいでしょう」
「お前のような有能な部下に恵まれてオレは幸せだよ」
 王観察は嬉しそうに言った。

 翌朝、任一郎の店を二人の目明かしが訪れた。何でも滕大尹が靴をご所望なのですぐに役所に来るようにとのこと。何も知らない任一郎は道具箱を下げて目明かしについて役所にやって来た。ちょうど詰所の前を通りかかった時、サッと扉が開いて中に連れ込まれ、そのまま縛り上げられてしまった。
「盗人め、観念してお縄につきやがれ」
 王観察が居丈高に怒鳴りつけた。いきなり盗人呼ばわりされて驚いたのは任一郎である。
「一体、私が何をしたというんで?」
「何をしただと?しらばっくれるな!」
 恫喝(どうかつ)されて任一郎は震え上がった。ここまで脅しつければ十分だと思った王観察は例の革靴を見せた。
「この靴はお前の店で造ったものに相違ないな?」
 任一郎はビクビクしながら答えた。
「へえ、手前どもの店で造ったものに相違ございません」
「誰に売った?」
「多分、帳簿を調べればわかると思いますが…」
「帳簿だと?お前の店では売った靴を一々帳簿に付けておるのか」
「はい。手前どもの店では開業以来、靴の中に製造年月日と責任者の名前を書いた紙片を入れておりまして、お買い上げになるたびにそれを帳簿に記しております。商品管理と顧客名簿作りのためでございます」
「ふむ、さすが高級靴を商ってるだけはあるな」
「この靴の裏打ちをはがせば紙が出てまいります」
 その話は昨日の冉貴の発見と一致していたため、王観察は任一郎を助け起こしながら詫びた。
「縛ったりして悪かったな。実はな、上司から無体な捜査を命じられてやむなく乱暴な手段をとらざるを得なかったんだ。しかし、お前さんの几帳面(きちょうめん)さのおかげで事件も解決しそうだよ」
 それから、冉貴が見つけた紙切れを取り出して任一郎に示した。
「これは注文を受けた品ですね。店売りだと製造番号がついておりますから。去年のですか。帳簿ならまだありますよ。うちでは帳簿を五年間保管しているんです。今すぐ、取って参りましょう」
 そこで、任一郎に目明かしを二人付けて帳簿を取って来させた。王観察は帳簿を受け取ると、宣和三年三月五日のところを調べた。
「三月五日…、三月五日…と。あったぞ。何だって!?」
 注文主の名前を見た王観察は思わずのけぞった。そこには、
「蔡太師府張千」
 と書いてあったのである。

 

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