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二郎神君の靴(十四)


 

 人はよほど近所の噂話をしたかったようである。冉貴が興味を持ったのを見ると、縄をなうのもそっちのけで、ますます饒舌(じょうぜつ)になった。
「あの罰当たりめ、神君様への奉納品を横流ししてるという噂もあるからの。お前さんが昨日買いなすったという靴もおそらくそれだろうて。ああ、女か?女なら今日は実家の婆さんに会いに行ってるはずじゃわ。それにしてもここ二、三ヵ月、孫神通の足が遠のいてたんでてっきり切れたのかと思うとったら、最近になってまたよりを戻したようじゃのう。よく来るようになったわ。ま、お前さんも、靴の代金を取り戻そうなどと思わんこった。下手にかかわり合いを持つと、それこそとんでもないことになるで」
 そう言って老人は笑った。
「おじさん、貴重な情報をありがとよ」
 冉貴は胴巻きから小銭を取り出して老人の手に押しつけると、飛ぶような勢いで役所へ駆け戻った。
 その道々、冉貴は思った。下手人を挙げられるかどうかは初動捜査のやり方次第だ。丹念な観察と聞き込み、これが捜査の基本である。どうも、近頃は基本がおざなりにされ気味だ。だから、見えるはずのものも見えなくなる。そもそも遺留品というものは、主人に置き去りにされたことを恨んでいる。そいつの語りかけをじっくり聞いてやれば、下手人の居所もわかるってものさ。はてさて、お偉方の鼻息ばかり気にしている王の旦那にこのことがわかるものやら…。
「旦那、何を辛気くさい顔をしてるんです」
 詰所でボンヤリと机に向かっていた王観察が顔を上げると、目の前に冉貴が満面に笑みを浮かべて立っていた。
「冉大か。ご機嫌だな、ひょっとして手掛かりでも見つかったのか」
「例の靴を見せてくれませんか」
 冉貴は王観察の手から靴を受け取ると、昨日、買い取った靴を取り出して較べてみた。形、材質、大きさ、縫製の仕方まで寸分違わず同じである。ただ左右の別があるだけであった。王観察は冉貴の手にも同じ靴があるのを見ると、目を丸くした。
「そっちの靴はどうしたんだ?」
 冉貴は昨日、二郎神君廟の近くで女から靴を買い取ったことから、今日、聞いてきた老人の話まで事細かに話して聞かせた。
「神君様が下手人のはずないって言ったでやんしょ。下手人は人間ですよ、孫神通という腐れ道士ですよ」
 王観察の喜んだの何の。喜びのあまり跳び上がって足を打ち鳴らしたほどである。
「でかした、でかしたぞ、冉大。これでオレの首もつながった。きっと滕大尹もお喜びになられるだろう。蔡太師からはお誉めの言葉にあずかれるかもしれないぞ。そうだ、一足早いが祝杯を挙げよう」
 そう言って、机の戸棚から秘蔵の酒を取り出した。まずは乾杯という時になって、王観察は杯を運ぶ手を止めた。
「さて、どうやって捕えようか。大がかりな捕り物になるから、情報が漏れる恐れもある。高飛びでもされたら、それこそ大変だ」
「そんなの簡単ですよ。明日、滕大尹の名代でお礼参りに行くということにするんです。供物を整えて、目明かし達で儀仗(ぎじょう)隊をしつらえて繰り出すんです。そうすれば怪しまれませんよ。とにかく、滕大尹に頼んで明日の手配をしておいて下さいよ」
 と冉貴が助言したので、王観察もようやく安心した。
「よし、明日は大捕り物だな」
 二人は杯をグッと飲み干した。

 

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