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業病(四)


 

 「ご入浴の用意ができました」
 若党の案内で綺は別室へ案内された。ぼんやりと湯をつかっている間にも、にぎやかな楽の音が聞こえてくる。綺は考えた。どうも話がうますぎる。身内の推薦状を持っているからというだけで、流れ者に大事な娘をくれてやるなどという話があるだろうか?ひょっとしたら、ここの娘というのはとんでもない醜女(しこめ)か、不具なのではないだろうか。それで、こんな流れ者の自分を婿に選んだのかもしれない。まあ、五百金のためだ。いざとなれば急な腹痛だとでも言って、よそで寝ればいいし…。
 そんなことを考えながら入浴を済ませると、豪華な婚礼衣装が用意してあり、若党が入念に着付けをしてくれた。客間にはすでに緋毛氈(ひもうせん)が敷きつめられ、綺はそれを踏みながら花嫁を待ち受けた。
 そこへ赤い提灯を手にした四、五人の美しい腰元が花嫁を取り巻いて現れた。花嫁は赤い蓋頭(ベール)に赤い打ち掛け姿で、歩みに合わせて腰に下げた環珮(かんぱい)が打ち鳴らされ、軽やかな音色を発した。時折、揺れる蓋頭の下から愛らしい口許がのぞいた。
 綺と花嫁は儀式に則ってまず花嫁の両親である邱夫妻に拝礼し、続いて天地を拝み、先祖の霊に向かって拝礼し、最後に互いに拝礼した。拝礼を終えた若夫婦は洞房(注:新婚夫婦の寝室)へ送り込まれ、盃を交わした。それから花嫁が寝台に腰掛けたところで、綺はその蓋頭をはずした。
(ああ…)
 綺は声にならない驚きを感じて、ポカンと立ち尽くした。麗玉は眩しいばかりの美しさを放ちながら、まるでその黒髪の重さにうなじが負けたように俯いていた。伏せられた長い睫毛は緊張のせいか微かに震えた。
 こんなことならすぐに故郷に戻るなどと宣言しなければよかった、と綺は後悔した。まあ、理由をつけて出発を延ばしてもよいか、とすぐに思いなおした。そこへ付添いの婆やが夜食の膳を運んできた。
 寝室に置かれた水時計が夜中の三更(注:夜中の12時頃)を告げた。気がつくと婆やは姿を消していた。綺がどうしたものかと寝台の方を見やると、麗玉の方も半ば帳に身を隠すようにしてこちらを窺っている。麗玉は緊張し続けたせいか、その顔にはありありと疲れの色が見えた。綺は彼女の緊張をほぐすために笑いかけた。
「あなたも疲れたでしょう。さあ、髪飾りをはずしてあげます」
 綺がその髪に触れようとした途端、麗玉は渾身の力を込めて抗った。思わぬ抵抗に綺は驚いた。もっと驚いたことに、麗玉は目にいっぱい涙を浮かべている。麗玉は立ち上がると燭台に灯をともして室内を照らした。まるで誰もいないのを確かめるようであった。それから自ら戸締りをすると、綺の側に身を寄せてその耳元に小声でささやいた。
「あなたはご自分の死期が近づいていることをご存知ですか?」
 驚いた綺が聞き返すと、逆に女の方が驚いて言った。
「あなたはどちらからいらして、どちらへいらっしゃるのです?」
 そこで、綺が自分の故郷と家族、広東に来た経緯を話して聞かせた。
「ならば、あなたは何もご存知ないのですね?」
 そう言って麗玉は涙を流し始めた。時折、綺を見つめては何か言いたそうな様子を見せるのだが、葛藤(かっとう)があるのか口に出したくとも出せない風情であった。異変に気づいた綺は女の前に跪くと、その膝を抱いて助けを乞うた。女はしばらく葛藤を続けた後、こう言った。
「ああ、言わなければあなたの破滅、言えば私の破滅…。でも、私にはあなたを破滅に追い込むなんてことできませんわ。これもひとえにあなたを思うが故のこと。よくお聞きになって下さい」

 

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