業病(六)


 

 れからの三日間は綺にとって甚だ苦しいものであった。美しい麗玉を前に必死に煩悩と戦い、そして耐えなければならないのである。時に思わず抱き寄せようとする綺を、麗玉は言葉を尽くして諌めた。
 最後の夜、麗玉は綺の首筋に臙脂(えんじ)を三、四箇所薄く塗った。
「これで染みに見えますわ」
 それから化粧箱から黄金と白玉で作った腕輪を二対取り出し、結婚の証しにと綺に贈った。
「あなたが再びこちらにお戻りになられる頃には、私は墓場の木になっていることでしょう」
 麗玉はそう言って泣いた。綺も麗玉を待ち受けている運命を思うとあまりにも哀れで、抱きしめて涙を落とした。
 旅立ちの朝になって、麗玉の両親は暇乞いの挨拶に現れた綺の首筋に紅い染みが浮いているのを見ると、約束通り五百金の旅費を贈ってその旅立ちを促した。
 邱家を後にした綺は、まず叔父の墓のある尼寺へ向かった。尼寺の尼僧は綺の首筋に染みが浮き出ているのを見て業病に罹ったものと思い、門を閉じて出てこようとしなかった。そこで綺はそのまま最寄りの船着場で大きな船を雇い入れると、叔父の柩を掘り起こして乗り込んだ。
 船頭を急かして出発させたが、夜になって落ち着くと麗玉のことが思い出されて慟哭(どうこく)した。その様子を見た船頭はてっきり柩に向かって泣いているものと思い、その孝心に感心して何くれとなく面倒を見てくれた。
 淮南の実家に戻ってみると、綺をあれほど虐待した継母はすでに亡くなっていた。残された父陳楙(ぼう)は下女を妾に直して、ひたすら綺の帰宅を待ち望んで穏やかに暮らしていた。父は戻った綺にただ頷いて見せただけで、出奔していた間の生活や持ち帰った金子(きんす)について詮索しなかった。金子のことはてっきり妻の弟の遺産だと思い込んだ。
 綺は墓所を選ぶと改めて葬儀を執り行い、持ち帰った叔父の柩を埋葬した。それでも邱家から貰った金子はかなり残った。

 陳楙はかねてから酒造りの名人として知られていた。酒を醸す頃になると、その評判を聞きつけた人々が酒を分けてもらいに遠方からはるばる禹迹(うせき)山を訪れた。そこで、綺は父の醸造の技術を生かして本格的に酒屋を始めることにした。
 まず、旅費の残りで田を買い入れ、そこに原料となる粳米を植えた。父がその醸造の技術を遺憾なく発揮して醸した酒は思いのほか出来がよく、それから得られる利益は想像以上のものであった。おかげで綺は再開したばかりの科挙の受験勉強に専念することができた。綺の勉学への打ち込みようは尋常ではなく、滅多に書斎を離れることはなかった。たまに綺の姿を村人が見かけることがあったが、それは塾への往復の時と決まっていた。
 その頃、広東の麗玉は麻瘋局にいた。

 

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