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操(四)


 

 のご隠居様の問いかけに徐老人は、
「左様にございます」
「して、理由は?」
「程家の婚約破棄と、張家による結婚の強要でいかがかと。そこでご隠居様にお骨折りいただき、お上のご裁決をあおごうと思うのでございます」
「ふうむ…。確かにワシは督撫閣下からは格別のご愛顧を受けておるがのう…。結婚などは瑣末なことで、お上の手を煩わすのはどうかのう…」
 と王のご隠居様は口の中でモゾモゾ言うばかり。すると、登第が沈黙を破って口を開いた。
「ことは当家の面子に関わりまする。引き下がることがどうしてできましょう。いかほど財貨を費やそうとも何の惜しむことあらんや!」
 と何とも勿体つけた口調で言い張った。それでも王のご隠居様があまり乗り気でないのを見て取ると、
「ことが成りさえすれば、百金をお約束いたしましょう。もしも親父殿が嫌だと言っても、このオレ様が出るところに出てやる」
 と金をちらつかせた。王の旦那様は、
「貧乏文士はこういった手合いとは関わりを持たぬことだな…」
 と口の中で呟いてから、にわかに態度を改めて、
「まあ、程家を婚約破棄と秘密結婚の咎で訴えることにしましょう」
 と愛想よく請け合った。

 というわけで徐家は訴状をしたため、王のご隠居様が百両の金子を見返りに、その訴状を知県のもとへ届けた。早速、県から二人の役人が程家へ派遣された。
 程家の方では突然の役人の来訪に戸惑いの色を隠せなかった。役人の口から徐家から婚約破棄を理由に訴訟を起こされたと聞かされたのだが、思いもよらぬことの展開に開いた口がふさがらないとはこのこと。やむなく程翁は役人に酒をふるまいもてなすことにした。酒が進むにつれ役人達は今度は保証金が云々などと言い出した。六十銭の保証金を払わなければ、菊英を引き立てていくと言うのである。しかし、これは真っ赤なウソで、要するに袖の下を要求しているのであった。程翁にもこのことはわかっていたので、何とか二十銭まで値切ってお引き取り願った。
 もちろん、訴訟の件は張秀才の耳にもすぐに届いた。裁判の直前、張秀才の方にも何人かの知人がおり、そのつてを頼って知県のもとへ程翁の無罪を説明しに行った。知県にはすでに王のご隠居様が話をつけていた。知県は愛想よく張秀才を迎えると、
「兄(けい)は事情をご存知ではないのでしょう。結納の品は私が程翁から取り返してさし上げますから」
 などと言う。張秀才は、
「しかしですな、徐家からの結納など程家の方では受け取っておりませぬ。徐家の方こそ横車を押しているのです」
 と程翁を弁護したのだが、知県の方では、
「それは兄(けい)とは関係のないことです。下手に関わりを持たぬ方がよいですよ」 
 と言った具合でまったく取り合ってもらえなかった。

 さて、いよいよ裁判の日を迎えた。原告である徐老人は冒頭陳述の際、証拠の品として古びた着物の襟を一枚取り出した。
「それがしが以前、程翁と共同で商いをいたしておりました折に、双方の妻が同時に孕(はら)みました。その時、もし子供が男と女だったら結婚させようと約束し、この襟を裂いて証拠にしたのです。後にそれがしには男の子が生まれ、程翁には女の子が生まれまして、改めて婚約いたしたのでございます。それがしの方からは結納として金の腕輪一対と数珠を二本、そして銀四十両を贈りました。しかし、程翁夫婦は当家が遠方にあるのを嫌って、近くの張家と縁組みをいたしたのでございます」
 続いて程翁の陳述である。
「それがしが商いを生業といたしておりますのは間違いございません。しかし、徐家とは今回縁談を持ち込まれるまでは一面識もございませんでした。それがどうしてそのような昔に襟を裂いて約束などできましょう?それに結納の品を受け取ったですって?そんな根も葉もないことを」
 すると知県は、
「根も葉もないことで訴訟など起こせるものか」
 と言うや原告側の証人を呼び出した。しかし、してもいない婚約に証人などいようはずがない。いないはずの証人がなぜ存在するのか?
 答えは簡単である。徐老人が金でチンピラを雇って証人に仕立て上げたのであった。その証人は澄ましかえった顔で、
「それがしは仲買人でございます。十七年前、確かに徐殿と程殿は共同で材木を商っておいでででした。よく我が家にご滞在になっておられました。いつでしたか、一緒にお酒を飲んだ後でしたか。お二方はまだ生まれてこない子供を婚約させようということで、襟を裂いて誓いを立て、それがしを証人にしたのです。後で徐殿の方から結構な結納の品をお贈りになったと聞いております。以来、十年間、それがしとの取り引きもなければ、我が家へのお立ち寄りもございませんでした。ところが、三年前のことです。徐殿がそれがしのもとを訪れ、程殿と婚礼について具体的な話し合いをなされました。すると程殿が言うには徐家が遠方なので娘を手放すに忍びない、できれば婿入りしてもらいたい、とのこと。しかし、徐殿の方でも一人息子というわけでおいそれと手放すわけにもいかず、そのまま婚礼は延期されたわけです。まさか、程殿がさらに張家とも婚約を交わされていたとは、思いもよらぬことでした」
 と嘘っぱちを並べた。知県は程翁を指差して、
「狡猾な輩め!そちの婚約破棄と二重婚約は逃れようもない事実ぞ」
 しかし、程翁も身に覚えのないことを認めるわけにはいかない。
「それがしは青陽で商いをいたしましたことなどございません。ましてやこのような仲買人とも面識がありません。面識のない相手がどうやって娘の婚約の証人になれましょう。すべて真っ赤なウソ偽りです。どうせどこの馬の骨とも知れぬゴロツキを金で雇ったのに違いありません」
 すると金で雇われた証人は、
「あんたはワシが婚礼のことを話し合いに行った時、酒をふるまってくれたではないか。ええ?確かあんたはかみさんと相談するから待ってくれって言ったよな。ワシは何度も行ったり来たりしたはずなんだが。それでもワシのことを知らないと言い張るのかね?」
 などとしゃあしゃあと言ってのけた。激怒した知県は下役に命じて程翁を棒で打ったり、責め具で挟んだりして痛めつけた。結局、程翁は張家からの結納の品を返還し、改めて徐家から結納を受けるよう命じられた。
 程翁は自宅まで護送されることになった。張秀才の方も結納の品を持ち帰るべく程家へ出向くよう命じられた。ことの成り行きを悟った張秀才は、累が程家に及ぶのを恐れて結納の品をおとなしく持ち帰ろうとした。しかし、当の程翁が、
「そんな馬鹿げたことがあるか!」
 と言って、どうあっても張家からの結納の品を手放そうとしない。そこへ徐家からの結納の品が届いたのだが、程翁はさっさと放り出してしまった。しかし、こんなことをしたところで何の解決にもならなかった。
 徐家の方では程家が結納の品を受け取らなかったことを知県に報告したため、すぐさま捕り方が遣わされた。捕り方は程翁を縛り上げると、
「そのほうがなおもお上の決定に逆らうというのならば、引っ立てて行ってぶちのめすまでだ。さすれば一件落着するからな」
 そう言って無理矢理引き立てていこうとする。程翁は怒りのあまり言葉も出ない様子。突然、
「ウッ!!」
 とうめき声を上げるや、程翁は卒倒してしまった。

 

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