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操(五)


 

 翁は怒りが激しすぎたため、胸をつまらせたのであった。この騒ぎに奥に隠れていた女衆も飛び出してきた。程翁はと見れば、その顔は青ざめてひきつり、今にも危ない様子。家人は急いで縁起直しのために程翁の体を湯で拭き清めて経帷子を着せた。なすべきことをなしたあとはひたすら泣くだけであった。その時、息を吹き返した程翁が菊英を呼び寄せた。
「哀れな菊英や、権力をかさに着た輩はひどいことをする…。ああ、ワシはもうダメだ。頼むぞ、ワシの約束は必ず守り通しておくれ…。そうすればワシも安心して目を閉じることができる…」
 菊英は目に涙をいっぱい浮かべてその言葉に耳を傾けていた。やがて程翁の喉の奥がゴロゴロ鳴ったかと思うと、そのまま目から光が失われた。家人が泣きながら呼びかけても、もう何の反応も見せなかった。思わぬ展開に捕り方は恐れをなして逃げ帰ってしまった。
 程家の人々は怒りにまかせて徐家からの結納の品を尽く打ち壊すと門外に放り出した。そして、張秀才にまだ喪を明らかにしてない今のうちに、菊英と国珍の婚儀を執り行うよう懇願したのだが、お上からのお咎めを恐れた秀才は同意しなかった。程家ではひとまず程翁の遺骸を納棺して埋葬の準備を進めた。
 徐家の方では、
「こうなったからには徹底的にやってやる。程翁は死んでしまったし、残されたのは脆弱な子供達だけだ。先手必勝で程家を改めて婚約破棄で訴えてやれ。もしも程家から殺人罪で訴えられたら訴えられたで、その時には握りつぶしてやればそれまでさ」
 とますます居丈高になっていた。そして、王のご隠居様に改めて骨折りを頼み、さらに十両のお祝儀を贈った。徐家からの依頼により、王のご隠居様は登第を義理の甥ということにして、督撫に訴状を提出した。督撫はこの訴えに対して、
「婚約破棄の挙句、お上の決定に背くとは、法をないがしろにするにもほどがある。所轄の衙門(がもん)はすみやかかつ厳格に究明し、即刻婚儀を執り行わせるように」
 と厳命を下した。この厳命を受けた知県は程式を拘引させるべく程家に捕り方を遣わした。程式は逃げも隠れもせず、出頭することにした。その際、母親の呉氏は、
「倅や、お父様の遺言に背いてはなりませぬよ」
 と言い聞かせた。程式もきっぱりと言い切った。
「お父様の遺骨がまだ冷えてもいないのに、どうして私がその言葉に背きましょうか?」
 程式の娶ったばかりの妻も、
「これは命をかけても争わなければならないことです。背くことは許されませぬ」
 と激励した。
 出頭した程式に知県は命じた。
「督撫閣下はすみやかに徐家と婚儀を執り行うよう厳命された。違背は許さぬ」
 程式が、
「父は菊英を徐家と婚約などさせておりませんし、結納など受けたことはありません」
 と抗議するのを、知県は怒鳴りつけた。
「まだ、でたらめを言うか!どこに富豪を嫌って貧乏文士に娘を嫁がせようなどという酔狂な輩がいる?おい、この婚儀はこのワシが仲人で、督撫閣下が立会人となって何としても執り行うからな。もしもこれ以上逆らうのなら、お前を逮捕して督撫閣下のもとに送検し、家は打ち壊してくれるぞ」
 しかし、程式も引き下がらない。
「死ぬも生きるも運命です。節を曲げることなどこの私には何としてもできません。閣下にとって民は子供のようなものではありませんか。まさに風紀をただし、教え導くべきものでしょう。どうして私にこのような没義道を強いるのです?」
「何を!ワシに説教するつもりか」
 痛いところを突かれた知県はますます激昂し、下役に命じて程式を石畳の上に押さえつけると、棒で打ち据えさせた。一打ち一打ちが程式の着物を破り、皮膚を裂いた。みるみる石畳の上に血溜りができた。三十余りも打ち据えた頃、知県は徐家に改めて結納を持参させるよう下役に命じた。それを聞いた程式は絶叫した。
「私に死ねと言うのなら死にましょう。しかし、徐家からの結納は受けませんし、妹を断じて嫁がせません!」
「まだ強情を張るか!!」
 今度は平手打ちを四十余り食らわしたのだが、程式はどうあっても結納を受け取ると言わない。知県はそのあまりの強情ぶりに腹が立った。このままでは督撫閣下からの厳命を遂行できないではないか…。
 苛立った知県はその時、あることに気付いた。命令は婚儀を執り行えということであった。それなのに自分はどうして結納を受け取らせることに躍起になっていたのか。
 知県はそう思い至ると、程式を牢屋に放り込み、四人の人夫を程家に遣わすことにした。菊英を役所に拘引しようというのである。

 

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